りぼんの読書ノート

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楊令伝13(北方謙三)

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交易によって民の安寧な暮らしを実現した梁山泊には、荒れ狂う大海に浮かぶ小舟のような危うさがあります。周囲の民から羨望され、周囲の支配者からは敵視される中で、孤高を保つためには、超絶した武力が必要。民の支持さえあれば「唯一の国民軍」としての強さを維持できるのでしょうが、民は幸福には慣れてしまうものなのです。

梁山泊と対照的なのが、岳飛の末路です。兵を養うために民に重税を課し続けた結果、民に離反され、金軍を何度も撃破して金の名将・簫珪材すら倒したものの「国」を失って、南宋に帰順してしまうのです。「抗金」の旗を降ろすことが出来なかった限界も感じます。

やはり中原に割拠していた張俊は、金が緩衝地帯に立てた傀儡国家の斉と結びます。扈成を宰相に張俊を元帥に迎えた斉は、傀儡の枠を超えた独自の道を模索しますが、しょせんは個人の野望のために使われる「国」では、先は長くはないのでしょう。

青蓮寺の李富のひいた青写真のもとで宰相の秦檜が国造りを進めている南宋が、一番迷いがないのかもしれません。時代の枠組みを超えてしまいそうな梁山泊を最大の敵と呼ぶ南宋は、確かに、大地と時代に足をつけた存在なのですから。

楊令は、豊かさのみでは国が成り立たないことに気付いてしまったようです。それでも理想を棄てるわけにはいきません。しかもその理想とは「天下」のような判りやすいものではないだけに、一層の苦難の道筋が予想されてしまいます。

対童貫戦の後、目標を見失い単なる愚痴オヤジになり果ててしまっていた戴宗が、大嫌いな候真を救うために死力を尽くす場面は良かったですね。やはり人間には判りやすい目標が必要なのでしょう。それだけでは、理想には近づけないのでしょうが・・。

2010/11