りぼんの読書ノート

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救い出される(ジェイムズ・ディッキー)

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村上春樹氏と柴田元幸氏が「もういちど読みたい!」という思いで実現させた村上柴田堂翻訳シリーズの1冊です。これで全10冊読み切ってしまいましたが、素晴らしい企画なので続編を期待したいところです。

本書は1970年にアメリカで発表され、翌年に『わが心の川』という邦題で出版された作品を、より原題に近いタイトルに改題されています。当時の酒本雅之の翻訳のままですが、村上春樹氏の新訳ではないかと思えるほど瑞々しい感覚に満ちた名訳です。

アメリカ南部。都会の日常のストレスから逃れるために、週末に未開の山地に趣き、カヌーで激流を下りに向かった4人の男たちが、自然と人間の荒々しい暴力にさらされる物語。絶壁と巨岩に挟まれたアメリカ深南部の激流はそれだけでも脅威なのですが、そこは都会者の生命など虫けら程度にしか尊重しない、排他的で暴力的な「山の男たち」の縄張りでもあったのです。

突然襲い来た銃弾に陽気なドルーが倒され、計画の首謀者で一行のリーダーであったルイスが大怪我をして無力化されてしまいます。はじめから不満たらただだったボビーは役に立たず、かくして最も暴力性から縁遠い所で生きてきた語り手のエドが、狩猟用の弓矢を手にして「山の男」と対決に乗り出すのですが・・。

エドたちは自力で皮から抜け出したという印象が強いのですが、村上・柴田の両氏が巻末で語っているように、やはり何ものかによって「救い出され」たのでしょう。彼らは窮地からだけでなく、この体験を通じて人工的で怠惰な生き方からも救い出されたのかもしれません。救った者は、運命とか神とか自然とか、名前の付けられない総体的な存在なのでしょう。ハックルベリー・フィンの冒険を持ち出すまでもなく、「川」には何かを生み出すパワーがあるのです。

2018/7