柴田元幸氏が「翻訳史上の革命的事件だった」と述べている、藤本和子訳が発刊されたのは、1975年のこと。しかし革命的なのは翻訳だけではありません。氏によれば「その後の村上春樹作品ですら、本書なくしては考えられない」というほどの歴史的名作なのです。
とりたててストーリーがあるわけではないのです。「アメリカの鱒釣り」に関連した47編の断章が一見ランダムに綴られているだけなのです。語り手が誰なのか、複数存在しているのかすら不明だし、ひとつひとつのエピソードが象徴しているものも謎めいているし、もちろん各断章の繋がりもうっすらとしか理解できないのです。
藤本さんの後書きを読むと「片足のないちんちくりんは『白鯨』のエイハブ」とか、「釣りを延々と語るのはヘミングウェイ」だとかの謎解きもあって、「鱒釣りホテル」にスペイン戦争が登場する理由が腑に落ちたりもするのですが、そんなことは知らないままでも構わないのでしょう。軽やかに語られる軽妙な会話を楽しむだけでも十分なのかもしれません。もちろん「鱒釣り」を人生に例えたりする必要などないのです。
2019/11