りぼんの読書ノート

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幻影の書(ポール・オースター)

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妻と子を飛行機事故で失って絶望のふちにいた男を救ったのは、一本の無声映画。彼に笑いを取り戻してくれたのは、たった数年間、数本の無声映画に出演しただけで謎の失踪を遂げた喜劇役者ヘクターの、大真面目さを滑稽さに昇華させた映像。

主人公デイヴィッド・ジンマーは、散逸していたヘクターの主演作を探し回って、ヘクターの映画についての一冊の本を出版するのですが、やがてヘクターの妻と名乗る女性から思いがけない手紙が届きます。「ヘクターが生きていて、ジンマーに会いたがっている」

ヘクターに娘同然に育てられたというアルマが、ジンマーを迎えに来て語ったヘクターの「その後」の波乱万丈の生涯は、ジンマーを魅了します。そして、誰にも見せないことを条件にヘクターが作製したという、幻の映画も・・。でもジンマーを最も魅了したのは、アルマ自身だったのです。

「マーチン・フロストの内なる生」と題された映画のスクリプトが秀逸です。忘れられた映画俳優が、人生を注いで作製した、失われるべき運命の映画というだけで、もうゾクゾクしてしまいます。しかも、この映画はポール・オースター監修のもとで、実際に製作されたというのですから、二重の驚きです。

ジンマーの人生におけるアルマ、アルマが語るヘクター、ヘクターが遺した映画・・と、入れ子構造になっているかのような「意味」が循環する。小説の消滅が恋人を救うというヘクターの映画は、まるでジンマーとアルマの関係を予言するかのよう。2人の結末は逆なのですが・・。柴田元幸さんの翻訳が、美しい作品です。

2008/12