りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

われらが背きし者(ジョン・ル・カレ)

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ハリウッド映画などで見る「スパイ」は、現場でとっさに判断して独断専行を許される存在のようですが、実際には上司の許可や資金の裏づけがないと行動できない組織の一員なんですよね。ル・カレさんやレン・デイトンさんのリアリティに満ちた「英国スパイ小説」は、そのことを思い起こさせてくれます。

本書は、カリブ海のリゾートで偶然知り合った相手から亡命を持ちかけられたイギリス人カップルのペリーとゲイルを中心に進行しますが、圧倒的な存在感を持って迫ってくるのは、亡命希望者のロシア人、ディマのほうです。

不遇な過程に育ち、母親のために殺人を犯して服役した縁で元囚人たちのロシア・マフィア結社の幹部となり、国際的なマネーロンダリングを担当してきたディマは、新しいボスに睨まれて命の危険を感じたため、亡命を目論んでいたのです。カレがペリーを選んだのは、テニスの試合を通してフェアプレーを重んじる男と見込んだから。ペリーはディマに魅了されて、ゲイルはディマの妻や娘たちに心惹かれて、引き返せなくなっていきます。

この話を受けたイギリス諜報部も一枚岩ではありません(そもそもイギリス諜報部が一枚岩だったことなどあるのでしょうか?)。事件を担当する上級職員のヘクターも古参のルークもそれぞれ事情を抱えており、権限を持つ諜報部事務局長のビリーは出世主義者で、事態はすんなりとは進まないのです。やがてディマを乗せた飛行機が飛び立つのですが・・。

登場人物たちの造形は深く掘り下げられ、細部までも丁寧に書き込まれています。スーパーヒーローなどは登場しない群像劇ですが、じっくりと読むのにふさわしい作品ですね。敵と味方の区別も、善と悪の境界も難しくなっている時代におけるスパイ小説は、純文学に限りなく近づいていくのでしょうか。

2013/5