りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

スモモの木の啓示(ショクーフェ・アーザル)

f:id:wakiabc:20220418152826j:plain

「イラン・イスラーム革命に翻弄される一家の姿を魔術的リアリズムの手法で印象的に描く傑作」というのが、翻訳家の堤幸さんが本書の内容を簡潔に紹介した言葉です。これ以上の表現が思いつかないので、そのまま引用させていただきました。

 

語り手は一家の末娘である13歳の少女バハール。兄ソフラーブが革命防衛隊に連れ去られて刑死した瞬間に、母のロザーは丘の上のスモモの木の上で、人生が無価値であるという啓示を得ます。父フーシャングは残された一家を連れて、ゾロアスター教徒が隠れ住む北方の僻地の村ラザーンに移り住みますが、やがてそこにも革命勢力の手が迫ってきます。

 

空を飛べるようになった母ロザーは村を出ていってしまいます。幽鬼(ジン)の呪いを受けた村長の息子との恋愛に敗れた姉のビーターは、人魚になってカスピ海のほとりでの暮らすようになってしまいます。そしてバハールもまた、過酷な運命に翻弄されていたのです。最後にひとり残された父親のフーシャングは、度重なる試練を乗り越えることができるのでしょうか。そして全ては、墓地の壁に刻まれた「神は見ている、時は逃げる、死は追う、永遠は待つ」との言葉に打ち勝てるものではないのでしょうか。

 

イランからオーストラリアに移住した著者がペルシア語で綴った本書は、匿名の翻訳家によって英訳され、それをもとにして日本語やほかの言語に翻訳されました。英訳者が匿名であるのは「安全上の理由」によるとのことですが、サルマン・ラシュディの『悪魔の詩』が引き起こした悲劇を思うと決して大げさな措置ではありません。本書にはイスラーム革命指導者に対する鋭い批判が含まれているのです。ついでながら「魔術的リアリズム」との相性が良いのは南米だけではありませんね。イランが『千一夜物語』の舞台であったことを思い出しました。

 

2022/5