りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

エストニア紀行(梨木香歩)

イメージ 1

植物に造詣が深く、カヌーやバードウォッチングを趣味とする「自然派小説家」の著者が、バルト三国でも最も北に位置するエストニアで見たものは何だったのでしょう。「森の苔・庭の木漏れ日・海の葦」というサブタイトルがつけられた旅行記ですが、この地に残る豊かな自然だけではなかったようです。

バルト海に面した首都タリンに巡らされた地下通路。ドイツとロシアの支配の痕跡が残る、プロテスタントロシア正教の教会。ロシア国境にも近い内陸部の古都タルトゥに向かう旅では、コウノトリの巣や、森と親しんで暮らす人々の姿。リガ湾に面したパルヌでは、海岸線に沿って続く葦原。バルト海に浮かぶ島々では、伝統的な自給自足の生活をしている老婆たち。念願のコウノトリとの邂逅は叶わなかったのですが・・。

どうやら、豊かな自然とともに行きることと、愛国心とは両立する概念のように思えます。自然が残された辺境の地はおのずと国境に近くなり、国境があるということは侵略にさらされているということなのでしょうから。そういえば著者の作品では、人間と自然の共存だけでなく、理解できない事物や人々との共存も謳われているのです。人間の作った「境界」など悠々と越えていくコウノトリへの思いも、軌を一にするものなのでしょう。

それにしても「スーツケースに長靴を入れて」旅行するというのは、いかにも梨木さんらしいですね。

2018/2