りぼんの読書ノート

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小樽運河ものがたり(田村喜子)

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小樽の街を訪れたのはもう10数年まえのことになりますが、運河に面したホテルに泊まって、運河のほとりに巡らされた散策路を巡ってきました。今でこそ水辺に面した遊歩道は珍しくありませんが、これが設計された半世紀近く前には斬新なアイデアだったようです。小樽運河がこの形で整備されるまでの経緯を描いた土木ノンフィクションである本書は、著者77歳の時の作品です。

 

戦前の小樽は南樺太と札幌を繋ぐ要所でした。著者の『北海道浪漫鉄道』にも、小樽港の整備は、小樽から札幌を経て道北・道東へと向かう鉄道路線の建設とセットになった重要な事業だったと記されています。しかし大正12年に完成した小樽運河は、戦後の港湾整備と自動車交通によって衰退し、昭和40年代には運河を埋め立てて道路として整備する方針が打ち出されました。小樽駅前を通る国道5号線のバイパスも必要だったわけです。

 

しかし運河の保存運動が高まったことで、市は全面埋め立て構想を見直し、北海道大学で都市設計講座を開いていた飯田教授に設計を依頼。運河を半分残して歩道を整備する構想が提示されました。最終的にはこの案が実現して現在に至っているのですが、その過程では20年に渡る反対派との対立があったことも良く知られています。運河の全面保存を求める気持ちも理解できますが、設計に携わった飯田教授を起訴するなどの行き過ぎた行為もあったとのこと。

 

最終的には昭和58年(1983年)に見切り発車的に埋立工事が着手され、平成元年(1989年)に小樽臨港線道路と遊歩道が開通したわけですが、本書にはその過程も詳細に記述されています。小樽運河のケースは成功事例なのでしょうが、最近では鞆の浦のケースが全国的な話題になっているように、この種の再開発工事は難しいですね。もちろん、土木ノンフィクションの第一人者であった著者の文章には、迷いはありませんが。

 

2022/4