りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

漂流(角幡唯介)

f:id:wakiabc:20190825145816j:plain


漁師の世界を描いたノンフィクションは少ないそうです。物語性のある事件が起きた時には、当事者の何らかの失敗が原因であるだけでなく、生存者も圧倒的に少ないからなのでしょうか。本書は、救命筏で37日間の漂流のあと「奇跡の生還」を遂げた漁師が、8年後また行方不明になるという事故を追った著者が、漁師の生きざまにまで迫った、スケールの大きな作品です。
 

 

その漁師・本村実は、宮古列島伊良部島の漁師町、佐良浜の出身でした。「補陀落渡海伝説」が残る佐良浜は古くから沿岸での素潜り漁が盛んで、戦後は死と隣り合わせのダイナマイト漁に携わって不具となった者も多い村。それだけでなく、戦前に始まった南方カツオ漁に大挙して進出して中心を担ったのが佐良浜漁師だというのです。 

 

著者は、人生の大半を海上で過ごして、陸に上がった時には豪遊して一攫千金の稼ぎを使い果たす海洋民たちの生活に、「海という世界がもつ底暗い闇の奥深さ」を感じたと述べています。本村実の2度の漂流は「死を恬淡と受け止める独特の死生観」の中で起こった宿命的な出来事なのでしょうか。 

 

ヒマラヤや極地を主戦場とする冒険家の著者にとっても、これは別種の「極限」だったのでしょう。「奇跡の生還」を遂げた舞台であるフィリピンや佐良浜に何度も足を運び、本書を海洋ノンフィクションの域を超えた民族史や死生観にまで高めるに至ったのは、「極限」を求め抜いた著者の執念です。 

 

2019/9