りぼんの読書ノート

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ボヘミアの森と川そして魚たちとぼく(オタ・パヴェル)

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1930年にプラハで生まれ、近郊の自然豊かなクシヴォクラート地方を生涯愛し続けた著者が綴った自伝的短編集です。ヴルタヴァ川の支流であるベロウンガ川が流れる森林地帯は、キャンプ、ハイキング、川下りなどを楽しむにはうってつけの場所のようですが、中でも著者が愛したのは魚釣りでした。 

 

幼年期、父レオと母フェルミーナに連れられて、6歳年上の兄フゴや4歳年上の兄イルカとともに魚釣りの楽しさを教わった日々は牧歌的です。川の渡し守で魚釣り名人のブロシェクおじさんや、肉屋兼燻製屋のフランツィおじさん、レストラン「偵察兵」を切り盛りするフラニュコヴァーおばさんなどの登場人物も童話の中の登場人物のよう。しかし、キノコの異常な豊作の年に戦争が始まります。父と2人の兄は収容所に送られ、非ユダヤ人である母と2人で残された日々は食糧難との戦いでした。川の魚たちも捕りつくされてしまい、少年の手に入ることはありません。 

 

戦後、父と2人の兄は幸運にも生還し、著者の「向こう見ずな青年期」が始まります。友人との無鉄砲な川下りや、バルト海黒海でも釣りを楽しみますが、その時期は短かったようです。作家デビュー後の30代半ばで双極性障害を患って入退院を繰り返すようになってしまうのですから。それでも「回帰」と名付けられた最終章では、兄たちとの童心に帰っての魚釣りや、年老いた父とのウナギをめぐる心温まるエピソードが記されます。そして「エピローグ」では、格子のはまった窓のそばで自由を渇望しながら「自殺を思いとどまったのは釣りが耐え忍ぶことを教えてくれた」からだと述懐するのです。 

 

本書は著者の絶筆であり、著者が43歳で亡くなった翌年に出版されました。今もなおチェコの人々に広く愛読されていて、映画化もされたそうです。本書の中にはボヘミアの豊かな自然がぎっしりと詰まっているのでしょう。本書の舞台と隣接する南ボヘミアオーストリアから1泊2日でドライブしたことがありますが、湖の多い美しい地域でした。幹線道路の渋滞には難渋させられましたが。 

 

2020/8