堀田善衞氏の著作は、かなり前に『ゴヤ4部作』を読み、数年前に『ミシェル 城館の人』を読んだにとどまっていましたが、『路上の人』は感動的でした。国家や教会という権力に向って、身ひとつだけで対峙する人物の覚悟が、ひしひしと伝わってきたのです。今更ですが、他の著作も読んでみようと思います。
1.路上の人(堀田善衞)
『薔薇の名前』を持ち出すまでもなく、13世紀はじめのアルビジョワ十字軍は、聖者と異端が紙一重の関係にあることを強く意識させてくれる題材です。その中でも本書は、従者として世間を渡り歩く浮浪人に、教皇と皇帝の両方の立場を併せ持つ人物を語らせたことで、物語の深みを増しているようです。35年前に書かれた作品ですが、今なお色褪せていません。語り手である「路上のヨナ」こと「ヨナ・デ・ロッタ」は、もちろん「ヨシエ・ホッタ」の分身です。
2.赤い髪の女(オルハン・パムク)
前々作『無垢の博物館』や前作『僕の違和感』と同様に、この30年ほどで大きな変遷を遂げたイスタンブルを舞台とする本作品のテーマは「父と子」でした。ギリシャ神話の『オイディプス』と、ペルシャ伝説の『ロスタムの物語』の2作品をモチーフとしていることは、いかにも東西文化の接点たるイスタンブルにふさわしい。時代を超えて繰り返される父子の相剋を見つめる「赤い髪の女」は、『わたしの名は赤』のシェキュレを彷彿とさせる女性ですが、現代トルコにおいては「まがいもの」でしかありえないのかもしれません。
3.ボヘミアの森と川そして魚たちとぼく(オタ・パヴェル)
1930年にプラハで生まれ、ボヘミアの自然豊かな近郊の地方を生涯愛し続けた著者が綴った、自伝的短編集です。43歳で亡くなった著者の最期の10年間は入退院の繰り返しですが、彼を救ったのは、釣りを愛した豊穣な幼年期の思い出でした。著者の絶筆となった本書は、今もなおチェコの人々に広く愛読されていて、映画化もされたそうです。
【次点】
・アフター・レイン(ウィリアム・トレヴァー)
【別格】
【その他今月読んだ本】
・稚児桜(澤田瞳子)
・アニバーサリー(窪美澄)
・鹿の王 水底の橋(上橋菜穂子)
・風と双眼鏡、膝掛け毛布(梨木香歩)
2020/8/31