りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

僕の違和感(オルハン・パムク)

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イスタンブルでトルコの伝統的飲料ボザを売り歩いた行商人メヴルトを中心に据えて、半世紀に渡る都市の変貌を描いた作品です。雑穀から造られる発酵飲料のボザは、アルコール度数が1%と低く、都合によって酒扱いされたりされなかったりするそうです。伝統と革新、東洋と西洋、宗教と政治という対立軸の間で、中途半端な存在であり続けた主人公を象徴しているのでしょう。

イスタンブルでヨーグルト売りをしていた父親に呼ばれて、メヴルトがアナトリアの貧しい村を出たのは12歳のとき。不法占拠した公有地の「一夜建て」という粗末な部屋に住まい、昼は学校へ、夜は父親の仕事を手伝いながら、メヴルトは大都会に馴染んでいきます。

そんな彼の一大転機は結婚でした。従兄の結婚式で見かけた新婦ヴァデハの妹に一目惚れし、4年間もラブレターを送り続けて、ついに駆け落ち。しかし略奪した女性ライハは、一目ぼれした少女サミハの姉だったのです。彼は間違った相手に宛てて、手紙を書き続けていたんですね。メヴルトはライハを愛し続けるのですが、この時感じた違和感は生涯残ることになります。

時流に乗った従兄一家や3姉妹をめぐる悲喜劇の一方で、メヴルトは妻子を養うために働き続けます。屋台曳き、電力料徴収人、軽食スタンドのマネージャーと昼間の仕事は変わっても、夜になるとボザを売り歩く毎日。一方でメヴルトは、あらゆる対立を内包しながらも大きく変貌を遂げていくイスタンブルの街にも、違和感を抱き続けているようです。そんなメヴルトが、胸に秘め続けた思いをついに言葉にする瞬間はやってくるのでしょうか。

20世紀後半のトルコが舞台ですが、近代化した国々に共通する部分も多い物語です。他方、いまだにEU加盟を悲願とし、クルド問題は未解決のまま、イスラム原理主義に揺れるトルコ独特の物語でもあるようです。本書は2012年で終わっていますが、おそらくメヴルトは今でも路上でボザを売っているのでしょう。最近では難民の増加に違和感を覚えながら・・。

ついでながら、イスタンブルの「一夜建て」を巡る物語として乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺(ラティフェ テキン]』を思い出しましたが、両書とも宮下遼さんの翻訳だったのですね。

2016/7