りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

第九の波(チェ・ウンミ)

f:id:wakiabc:20220209141913j:plain

嵐の海で寄せ来る波は次第に大きくなり、第九波で最高潮に達するそうです。19世紀ロシアの画家の同名の作品では、最大の波に吞まれそうになりながら、船につかまって遥か遠くに見える光の方に向かおうとあがいている人々が描かれているとのこと。著者は、大きな権力争いに巻き込まれようとして抗い続ける地方の町の人々の姿と重ね合わせているのでしょう。本書はフィクションですが、現実の事件に基づいているとのことです。

 

東日本大震災による福島原発事故からまだ間もない2012年はじめ、日本海に面した韓国の小さな町は大きく揺れていました。原発の安全性が問われている中で、これまで原発誘致を推進してきた市長に対するリコール運動が起こっていたのです。しかも市長は原発建設で巨利を得るセメント会社の社長であり、そこは過去に多くの健康被害を出していた会社でもありました。

 

物語は、ひとりの老人が毒の入った酒を飲んで死亡する事件から始まります。その老人には18年前に社長の右腕だった男の不審死との関りを噂された過去がありました。ソウルで薬学を修めて地元の保健所に移動していた、不審死を遂げた男の娘ソン・イナが疑われますが、もちろん彼女は犯人ではありません。しかし彼女の周囲では、政治団体、市民団体に加えて、怪しげな薬品を取り扱う宗教団体までもが蠢き始めます。そんな中で、彼女が付き合い始めた男性が行方不明になってしまうのでした・・。

 

書肆侃侃房による「韓国女性文学シリーズ」の第8弾である本書は、このシリーズには珍しく社会派ミステリでした。ただし正直に言って読みにくい。不自然な展開が多いように思えるのは、韓流ドラマ的ということなのでしょうか。著者が参考にしている文献に、日本全体の放射能汚染や、汚染水が日本海に流れ込んで韓国東岸を汚染することを前提としている論文や記事があることも気になりました。このシリーズには、社会的な矛盾や不条理に悩み苦しむ等身大の女性の心情を描いた作品が多くて共感が持てるのですが、社会派文学は政治状況の影響を受けてしまうものなのかもしれません。

 

2022/3