りぼんの読書ノート

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魔の山(トーマス・マン

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ジブリ映画の「風立ちぬ」に、カストルプというドイツ人が登場していたので、本書のことを思い出しました。「サナトリウム繋がり」ですね。第一次世界大戦時に20代の青年であったハンス・カストルプが戦火を生き延びることができていたら、このくらいの年齢ですし。ただし容貌は、中年期のトーマス・マンがモデルのようです。

 

造船会社に就職も決まっていたカストルプ青年は、療養中の従兄弟の見舞いがてら、3週間ほど滞在するつもりでスイスのサナトリウムを訪れます。ところが彼自身が発熱してしまって本格的な患者となり、ついには7年間を過ごしてしまうという物語。その過程でショーシャ夫人との恋愛や、対照的なセテムブリーニとナフタの思想への共感、カリスマ的なペーペルコインとの出会いなどが描かれ、本書は「病院小説」であると同時に、伝統的な「教養小説」でもあるのです。

 

なかでも、ヒューマニズムに立脚するフリーメーソンであるセテムブリーニと、それを前世紀の遺物とするイエズス会修道士のナフタの間で交わされる、白熱した議論は圧巻です。ヨーロッパの2つの思想潮流とのことですが、20世紀初頭の帝国主義思想と16世紀の宗教的原理主義との相似点には、あらためて驚かされます。しかもフランス革命に端を発するヒューマニズムが、この時点では「時代遅れ」になっていたというのですから。

 

この2人ともが、しょせん「弁舌の徒」にすぎず、現実世界で何事かを成し遂げることのほうが魅力あることと知らしめたのが、ペーペルコインの登場です。そしてそれは、人を閉じ込めて時間を浪費させるだけの「罪深い魔の山」からの脱出に至る道でもあったはずでした。戦争さえ起こらなければ・・。

 

最終的にカストルプ青年が出て行った先は、故郷ハンブルグ市民社会でも、新しいヒューマニズムに目覚めた者たちの共同体でもありませんでした。おそらく彼は、第一次大戦の激戦地で命を落とすことになった・・と思っていたのです。映画「風立ちぬ」は、あのカストルプ青年にこのような「未来」があったと想像するだけでも楽しい機会でした。

 

2015/4