りぼんの読書ノート

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キャパの十字架(沢木耕太郎)

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ロバート・キャパの「崩れ落ちる兵士」は、世界で一番有名な写真かもしれません。ひとりの共和国軍兵士が銃弾に倒れる瞬間を切り取った写真は、内戦で崩壊したスペイン共和国の運命を象徴するものとして、「聖性」を帯びるほどに扱われてきました。

しかしこれは、「疑惑の一枚」として議論されてきた写真でもあるのです。撃たれた兵士の斜め前から、つまり銃弾に背を向けた状態で「完璧な瞬間」を撮影できたのだろうか。そもそも本当の戦場で撮られたものなのか。「やらせ」ではないのか。一方で、死を見過ごしたカメラマンには、モラルの問題はないのだろうか。

著者もまた、「本物としては完璧すぎ、フェイクにしては迫真がありすぎる」この写真に疑問を持ってきた者であり、本書で執拗に追及していきます。場所はどこなのか。被写体は誰なのか。2台あったカメラのどちらが使われたのか。前後の写真との関連はどうなのか。キャパの行動と内戦の接点はどこにあったのか。

そもそもこの当時の「キャパ」という写真家は、若く無名のユダヤハンガリー人のエンドレ・フリードマンと、彼が愛した女性カメラマンのゲルタが共同で作り上げた架空の存在でした。1936年9月に撮影されたこの写真が「キャパ」に世界的声名をもたらした翌年7月に、ゲルダは戦車に轢かれて命を落とします。著者は、この写真が誰によって撮影されたものかという疑問にまで踏み込んでいくのです。

著者が導き出した「真相」は意外なものでしたが、細部をおろそかにしない論証過程には説得力を感じます。本書のタイトルにも著者の自信が感じられます。キャパは「十字架」を背負って生きていくこととなったと断言するのですから。もっともそれは、その後のキャパの活躍の素晴らしさを否定するものはありません。

本書は、昨今の議論対象となっている戦場写真家や戦争報道のありかたに踏み込むことはありません。しかし「報道写真の使われ方」という問題は、いまでも重要性を失っていない課題なのです。かなり前のことですが、父の本棚から無断借用して読んだキャパの自伝『ちょっとピンボケ』を再読してみたくなりました。

2015/4