りぼんの読書ノート

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LAヴァイス(トマス・ピンチョン)

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なんとピンチョンが著した探偵小説は、ハードボイルドのプロットに忠実です。つまり「美女の依頼」→「無関係に見える殺人事件」→「探偵への恐喝と暴行」→「それが手がかりになって意外な事実が判明」→「ほろにがい真相」という流れを踏襲しているのです。

しかしピンチョンのことですから、一筋縄ではいきません。マリワナ、サーフ・ミュージック、ARPAネット、シャロン・テート殺害事件、当時のテレビ番組や映画、アニメにホラーにSF・・。「1970年のLA」にふさわしいキーワードがこれでもかというほどに散りばめられる中で、読者は本筋を容易に見失ってしまいます。

私立探偵ドックに元恋人サーシャから持ち込まれた依頼は、今の恋人でLAの不動産王ミッキーを陰謀から救うことでしたが、ここからが怒涛の展開。ミッキーは行方不明。ガードマンの殺害。ドックへの殺人嫌疑。なぜかドックを釈放するロス市警のビッグフット警部。死んだはずのミュージシャンが生きているという情報。密輸船「ゴールデン・ファング(黄金の牙)」の噂。精神病院に隔離された不良少女ジャポニカ。非公式に警察のために働く殺し屋エイドリアンの登場。そして全ての謎はラスベガスを指し示し・・。

どうやらガードマンの殺害犯はエイドリアンのようで、同時に彼はビッグフット警部の元相棒も殺害した過去がある様子。ドッグが釈放された理由もそこにあったんですね。しかし、ミッキーの失踪の真相に近づいたドッグは致死量のヘロインを注射されてしまうのですが、はたして彼の運命は?

「ハードボイルド小説部分」のストーリーはこのようなものですが、著者が本書に込めたメッセージは「自由な60年代の終わり」ということなのでしょう。かつて輝かしかったものが形骸化し、商業主義や体制文化へと組みこまれていく時代の始まり。影を潜めていた保守反動の復活。高潔なハードボイルドのパロディ化・・。

逆光で多面的で複雑な19世紀末という時代を切り取り、メイスン&ディクスンアメリカの開拓時代から内包されていた奴隷制の問題を暴いた著者は、本書で、現在に至るまで継続している「時代に固有の瑕疵」を指摘しているようです。

2013/8