りぼんの読書ノート

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この女(森絵都)

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阪神淡路震災によって断ち切られた人生」との大枠に包まれた物語ということは、冒頭の手紙によって知らされます。本書は、震災の15年後に発見された小説との体裁を取っているのです。ただ著者は、格差社会ワーキングプアという現代的な問題のルーツを探る中で、1995年という分岐点に突き当たったそうです。震災、オウム真理教の事件、Windows95とデジタル回線携帯電話の登場・・。もちろんその直前にはバブル崩壊が起きています。

事情があって大阪・釜が崎のドヤ街で働く青年に、ホテル・チェーンのオーナーから奇妙な依頼が舞い込みます。「妻の人生を小説に書いて欲しい・・」。20代後半の女性の前半生は謎に包まれていて、本人は「竹から生まれた」などと出まかせばかり言うのですが、やがて彼女も釜が崎の出身者だとわかってきます。そして依頼主の意図が、釜が崎の再開発に邪魔になる存在を排除することにあるとわかり、2人は釜が崎を守るために共闘を開始。

「この女」という小説は、いつしか「この男」と言うべきものに変わっていきます。そこに記されていくのは、書き手とされる青年が自分の生き方を変えるとの決意に到る過程なのですから。そして深いところで理解しあった2人は、東京でやり直そうとするのですが・・。

格差社会は、昔からはっきりと存在していたのでしょうね。日雇いは派遣に、ドヤ街はネットカフェに、寄せ場は携帯メイルに姿を変えただけなのかもしれません。ただ、経済成長が止まった社会において、格差を感じる者が総体的に増加し、若年化したということなのでしょう。

大枠の話に戻ります。東日本大震災によって「いきなり人生を断ち切られた人」の多さに愕然とします。そのひとりひとりの方に、それぞれの人生、それぞれの物語があったのですから。

2011/8