りぼんの読書ノート

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ツタよ、ツタ(大島真寿美)

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明治の終わりに沖縄に生まれた「幻の女流作家」久路千紗子の生涯を描いた作品ですが、驚くべきことにモデルがいるのです。本書は、1932年「婦人公論」に「滅びゆく琉球女の手記」を書いた、久志芙沙子氏という実在の人物をモチーフにしたフィクションなのです。

小説における彼女の生涯を概括しておきましょう。琉球最後の王に仕えた祖父を持つツタの実家は、明治維新後に没落。女学校時代に文才を認められたものの、進学はできずに小学校の代用教員として就職。見合い結婚した男性と離婚して、名古屋で知り合った7歳年下の青年と再婚。ペンネームで書いて雑誌に掲載された小説は、沖縄蔑視のレッテルを貼られて断筆。40年後の沖縄返還の際に再評価されて、「幻の女流作家」と呼ばれるようになったというのです。

主人公のツタこと久路千紗子は「書けるのに書かない」人物だったわけで、その意味ではあなたの本当の人生はで「書けなくなる」森和木ホリー、宇城圭子、國崎真実と対極にあるようです。しかし「書くことと生きることは一緒」であり、「物語を生きることと物語を書くことの間には境界などない」という文脈の中では、同質の人物たちなのでしょう。

一方でツタは、「書くように生きていく」中で、多くのものを捨て去って行きます。沖縄という出身地、ツタという名前、夫より7歳年上という年齢、そして前夫との結婚歴と前夫との間に生まれた息子。そのようなツタの生涯は、幸福だったのか、不幸だったのか。それは、本人にも判断しかねる問いなのかもしれません。それでも、大島真寿美という作家がツタの生涯をしっかりと受け止めて、小説として昇華させたということは、まぎれもない事実なのです。

2017/5