りぼんの読書ノート

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綴る女 評伝・宮尾登美子(林真理子)

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多くの作品が映画やドラマとなり、ひところは国民的作家とも言われていた宮尾登美子の評伝に取り組んだのは、生前の宮尾と親交が深かった林真理子です。『櫂』『陽暉楼』『寒椿』『鬼龍院花子の生涯』『朱夏』『春燈』など、自らの前半生に題材を求めた小説の虚実に迫ります。

 

1926年に高知に生まれた宮尾の父親は女衒で、実母は愛人の女義太夫。ただし実母とは会ったこともなく正妻を養母とし、夫婦が離婚したのちは血のつながらない養母に育てられました。1943年に代用教員となり、翌年に同僚の教師と結婚して満州に渡ります。終戦後は高知に戻って農業に従事するも、肺結核に罹って死を覚悟し、日記を書き始めたのが文筆業に入るきっかけでした。1962年に婦人公論女流新人賞を受賞したものの、本格的な作家デビューは夫と離婚した後で自費出版した1972年の『櫂』。その後の活躍は代表作を並べればわかりますが、2014年に88歳で亡くなる前の数年は誰にも行方を知らせなかったとのこと。

 

「私をあれほど熱狂させた「宮尾ワールド」は本当に存在していたのだろうか」と探求する著者は、宮尾の作品に描かれていない「歴史」を掘り起こします。少女時代はお嬢様だったことや、実母との交流はあったであろうことや、作家になるために夫を捨てて家を出たことや、芽が出ない間は友人から借金を重ねていたことなどは、本書ではじめて明らかになったことなのでしょう。もっともこれらは決して宮尾の「負の歴史」ではありません。作家であるなら当然の範囲の改変なのですが、著者は、これらのフィクションの部分こそが宮尾文学の根幹であることを突き止めていくのです。

 

『櫂』を自費出版したころの宮尾を、『ルンルンを買っておうちに帰ろう』を書いていた時の自分に重ね合わせを個所は感情が籠っています。また瀬戸内寂聴に取材して「女の作家であの人と仲のいい人はいなかったと思う」との辛辣な言葉を引き出したことや、男性の作家や出版社重鎮と仲が良かったことを突き詰めるあたりは意地が悪い。でも一番興味が持てるのは、やはり実生活とフィクションの差異を突き止めていく過程ですね。

 

宮尾さんの作品では『序の舞』や『蔵』を読んだはずですが、読書ノートをつけ始める前のことなので記録に残っていません。また前半の自伝的作品はどれも未読ですので、代表作を順番に読んでみたいと思います。そう思わされただけでも、本書を読んだ意味はあったのでしょう。

 

2021/3