りぼんの読書ノート

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ワカタケル(池澤夏樹)

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著者の個人編集による『日本文学全集1古事記』の現代語訳から6年、古事記に題材を得た小説が誕生しました。ワカタケルとは、鉄剣銘や鉄刀銘によって実在が証明されている第21代雄略天皇のこと。本書で描かれるのは、神話が終わり、歴史がはじまろうとしている5世紀という時代の物語。

 

兄である第20代安康天皇が母を奪われた少年マヨワに殺害された後、兄たちや従兄を殺害して王位についたワカタケルは、暴君であると同時に偉大な国家建設者であったようです。強い王が必要とされた時代であったわけで、祖先の神武天皇の霊も彼を後押ししてくれました。最有力氏族であった葛城氏からは妃を迎え、大伴氏、物部氏平群氏、紀氏、蘇我氏を束ね、地方で反乱を起こした吉備氏を討伐し、さらには半島の百済高句麗にも干渉するまで国力を高め、中国の宋から倭王武として安東将軍に任じられたことは、彼の功績なのでしょう。

 

しかし彼の息子である第22代清寧天皇は治世3年で早世して直系は途絶えてしまい、王位に就く際に殺害した従兄の息子たちに皇統は移ります。それも3代で途絶えて、血縁関係が遠い継体天皇の即位を招くことになるのです。

 

本書は古事記に基づくさまざまなエピソードで彩られるワカタケルの生涯を描いていきますが、影の主人公は女性たちですね。ヒミコを祖先に持ち、神武天皇とともに日向の地から大和に移ってきた、霊力を有する女性たち。そのひとりはワカタケルの大妃となった日下氏のワカクサカであり、もうひとりは稗田阿礼の名を継いで歴史を伝承していく役目を帯びたヰト。互いに分身である彼女たちは、国を治めるには女王の方がふさわしいとの思いを内に秘めながら、ワカタケルを世に出し、見守り、見送り、次の為政者を定めていきます。本書は「男性中心の今の日本社会に対する強烈な反発がある」という著者の強い想いも込められた作品なのです。

 

2021/3