りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

小さいおうち(中島京子)

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直前に書かれた女中譚は、永井荷風林芙美子、吉屋伸子などの小説に登場する女中に語らせることによって、「人間としての女中」を生き生きと描いた作品ですが、本書ではさらに一歩踏み込んで、大正・昭和期の「女中文化」を再構築しているかのようです。

年老いた元女中のタキが、赤い三角屋根のハイカラな家で、8歳年上の美しい奥様に仕えて過ごした女中奉公の日々を振り返ります。それは、日本が戦争へと突き進んで行った時代なのですが、タキの目には大きな時代の流れは見えていませんでした。タキにとっては、優しい旦那様と、若くて奇麗な奥様と、可愛い坊ちゃんと一緒の暮らしの中で起きる毎日の小さな出来事の方が、ずっと重要なものだったのです。

その「日常」が、丁寧に、生き生きと描かれていきます。毎日の献立や、子育ての悩み。おもちゃ工場に勤める旦那様が工夫しておもちゃを開発していく話。双葉山の連勝が途切れた話題。多摩川に「熊が浮かぶ」ほどの台風。そして、奥様に想いを寄せていたかのような画家志望の青年の登場・・。

その「日常」の積み重ねの背景に、迫り来る戦争の恐ろしさが感じられるだけでも凄いのに、本書はそこでとどまりませんでした。タキの死後、彼女のノートの唯一の読者だった甥の息子は、封をされたまま大切に残されていた手紙を見つけます。そこには、奥様を守るために奥様の依頼を裏切ったタキの秘密が隠されていたのです。

では、タキがノートに綴ったことは何だったのか? まさか彼女が「信用ならざる書き手」だったとは!タキと奥様の関係が一段と濃密なものとして理解される瞬間です。直木賞受賞にふさわしい作品でした。

2011/2