りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2010/7 ナニカアル(桐野夏生)

桐野さんの『ナニカアル』に刺激されて、林芙美子さんの『放浪記』を読んでみました。「私は宿命的な放浪者である。私は古里を持たない」とはじまる昭和初期のベストセラーは、20代の著者が上京してダメンズばかりと出会い、都会の底辺を這い回った体験を綴った自伝的な小説です。悲惨な内容なのに不思議と明るい、「青春の奇跡」とも言うべき作品。ランク付けなど恐れ多いので、「別格」としておきましょう。

その林芙美子の手記を「創作」した勇気ある試みをかって、桐野さんが今月の1位です。船戸さんの『満州国演技』は『カラマーゾフの兄弟』をモチーフにしたような造形の主人公たちを中心に据えて満州国の矛盾を描き出した、全8巻構想の歴史大河シリーズ。スケールの大きな作品になることを期待しています。
1.ナニカアル(桐野夏生)
「ナニカアル」とは、林芙美子日中戦争従軍記『北岸部隊』の冒頭にある詩の一節であり、「私は今、生きている」と繋がっていきます。本書は「林芙美子の手記が発見された」との設定で、軍の嘱託として南方戦線を訪問した際の「できごと」を創作した小説であり、「実在の作家に成り代わって文章を書く」という、恐るべき試みです。桐野さんは、林芙美子の中に自分と共通する「ナニカ」を見出したのでしょう。

2.野生の探偵たち(ロベルト・ボラーニョ)
1920年代に実在したとされる女流詩人の足跡を追って、メキシコ北部に旅立ったまま、20年もの間世界を放浪したとされるチリ出身の詩人は、作者の分身です。本書は、総勢53名もの実在・架空の人物へのインタビューを連ねて、主人公の動向や人物像を描き出そうとするのですが、探偵役を命じられた読者が踏み込むことになるのは、「詩人たちが生きた時代」という迷宮にほかなりません。

3.ラスト・チャイルド(ジョン・ハート)
13歳のジョニーの家庭は、双子のアリッサの誘拐によって崩壊してしまいました。父は失踪し、母は薬物に溺れるようになってしまったのです。ジョニーはただひとり、家庭の再生を信じて、ひとりで妹の行方を捜し続けます。彼が見出すことになるのは、別の形で崩壊した、別の家族だったのですが・・。「家族の崩壊と再生」をテーマとして、「法廷もの」、「父子の相克」と異なる形で描き続けている著者の、新たな到達点です。


【別格】
放浪記(林芙美子)


2010/8/1記