りぼんの読書ノート

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丹生都比売(梨木香歩)

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強い母を持つ息子が母の期待に応えようと苦しむ物語・・というとありがちですが、ここでいう母親は「鸕野讚良皇女(うののさららひめみこ)=後の持統天皇」であり、息子は皇太子でありながらついに皇位につくことのなかった「草壁皇子」ですから、シリアスです。

本書の草壁皇子は、まるで『この庭に』のミケル君のように感受性が強くて、生きていくのが大変そうな少年。蓑をかぶった鬼の幻影を見て苦しみ、吉野を統べる姫神の「丹生都比売(におつひめ)」の使いと思える言葉を話せない少女キサと出会います。

祖父の天智天皇崩御した後、世継ぎと定められていた大友皇子に対して、草壁皇子の父の大海人皇子が叛旗をひるがえします。壬申の乱の勃発です。その際に「丹生都比売」の祝福を得られるように力を尽くした少年でしたが、鬼と向かい合っている母の姿も見てしまいます。あえて鬼と対峙する強さを持った母の姿を見て、自分は母の期待には応えられないことを自覚するのですが・・。

「丹生都比売」とは水銀を象徴する姫神様。激毒物ですが、呪力を持つ赤色塗料「朱」や不老長寿の仙薬「丹」でもあった水銀は古くから信仰の対象でもありました。草壁皇子が「丹生都比売」に愛されたことは、一族にとって必要ではあっても、少年にとっては吉兆ではなかったのでしょう。後の作品とも共通するテーマを持つ、梨木さん初期の歴史ファンタジーです。

2010/9