りぼんの読書ノート

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ミスター・ヴァーティゴ(ポール・オースター)

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「ヴァーティゴ」とは「vertigo」のことで、「高い所から下を見たときの目のくらみ」という意味だそうです。「vertical go」からの造語かと思ったら、ちゃんと辞書にも載っていました。

本書の主人公であるウォルトは、両親を失って伯父夫婦の厄介者として育てられ、ほとんどストリート・チルドレン状態だったところを「ユダヤ人のイェフーディ師匠」に拾われて、なんと空を飛ぶ訓練を受けさせられます。

1920年代の後半、カンザスの片田舎の農場での苦しい「飛行訓練期間」を共に暮らしたのは、太ったインディアンのマザー・スーと、せむしの天才黒人少年イソップ。4人は擬似家族として暮らしはじめ、飛行訓練は奇妙で苦しいながらも、互いに助け合うようになっていきます。やがてウォルトの身体は宙に浮くようになっていくのですが、牧歌的な擬似家族を失うことになるのは、その代償だったのかもしれません。

師匠とともに「ウォルト・ザ・ワンダーボーイ」として奇跡の興行を開始した2人でしたが、本格的な物語はむしろ、ウォルトが「ワンダーボーイ」の座から失墜してファンタジー性を失った所から始まります。これは「高みを一度経験して、そこから堕ちた者」の物語なのです。

終盤になって、やはり「高みから堕ちた」実在の大リーグ選手と、中年を迎えたウォルトの人生が交差する場面が登場します。物語の転回点でもあるのですが、ここが本書の白眉です。「高みから堕ちても」人生は続くのですが、「堕ち方」と「その後」は人さまざま。ファンタジー的な色彩も濃い小説ですが、人生のほろ苦さも、生きることの喜びも感じさせてくれる内容に仕上がっています。

2009/1