りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2015/1 ひみつの王国(尾崎真理子)

それぞれにテイストは異なりますが、『かたづの!』も『風太郎』も『HHhH』も『甘美なる作戦』も、小説を読む醍醐味を味わうことができる、優れた作品でした。ランク外にはしましたが、桜庭さんや、川治さんの近作にも、楽しませていただきました。

でも今月の1位は、児童小説に生涯を捧げた石井桃子さんに敬意を表して、尾崎真理子さんの『ひみつの王国』とします。「大人になってからのあなたを支えるのは、子ども時代のあなたです」という言葉の、新鮮さと激しさと美しさには痺れました。
1.ひみつの王国(尾崎真理子)
『プーさん』や『ピーター・ラビット』を翻訳し、『星の王子様』や『ちびくろサンボ』を紹介し、『ノンちゃん』}}}を生み出し、「岩波少年文庫」を立ち上げ、児童文庫の普及に努め、2008年に101歳で亡くなるまで「児童文学」に全てを捧げた石井桃子さんの評伝です。冒頭に記された「大人になってからのあなたを支えるのは、子ども時代のあなたです」という石井さんの言葉に、著者の思いが込められているようです。誰もが持っている「私というファンタジー」こそが「ひみつの滅びない王国」なのですね。

2.かたづの!(中島京子)
中島さん初のファンタジー、しかも歴史ファンタジーですが、とにかく面白い。江戸時代を通じて唯一の「女大名」であった八戸南部氏の清心尼こと弥々(ねね)を助けたのは、片角に宿ったカモシカの霊。『遠野物語』と「一角獣のタピストリ」が結び付けられたようなファンタジーに包まれた小説世界は、どこかほのぼのとしています。

3.とっぴんぱらりの風太郎(万城目学)
大坂の陣」の前夜、不始末から伊賀を追い出されたニート忍者の風太郎の人生は、神性を帯びたひょうたんとの出会いによって、奇妙な方向に転がっていきます。落城寸前の大阪城で繰り広げられる、風太郎たちの死闘が、『プリンセス・トヨトミ』へと結びついていったのですね。著者独特の遊び心とユーモアに満ちた展開ですが、ラストは思いがけなく感動的です。

4.HHhH(プラハ、1942年)ローラン・ビネ
ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」というドイツ語フレーズの先頭文字をタイトルに持つ本書のテーマは、1942年のプラハで実際に起こったナチス高官ハイドリヒの暗殺事件です。物語性豊かな事件なのですが、本書をユニークな存在としているのは、著者の「小説執筆姿勢」でしょう。「史実の穴」を小説家の想像力や推論で埋めていく方法を「作家の横暴」として非難する著者は、可能な限りの調査を尽くして、この歴史上の事件を「再現」しようとするのです。著者の苦悩が少々くどいように思えましたが・・。

5.甘美なる作戦(イアン・マキューアン)
米ソ冷戦ただなかの1970年代。「文化工作のために、反共作家を支援する作戦」を担当することになったMI5のセリーナは、小説家と恋に落ちてしまいます。身分を明かせないために起きた悲喜劇の末に、破滅がもたらされるのですが、そのあとが本書の「甘美」なところ。『贖罪』とは対照的に、本書の「トリック」はロマンチックです。



2015/1/30