りぼんの読書ノート

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ニコライ遭難(吉村昭)

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1891年(明治22年)。日本訪問中のロシア皇太子・ニコライが、警備担当中の警察官・津田三蔵に斬り付けられた大津事件を描いた作品です。ロシアの報復を恐れる行政が、犯人の死刑判決を強硬に求めたのに対して、大審院院長の児島惟謙らが司法の独立を貫き通し、三権分立の思想を世に広めた事件ですが、本書は、その背景や前後の出来事や後日談を、時系列順に淡々と綴っていきます。

本書に記された内容のどこまでが史実に基づき、どこからが著者の類推なのかは判然としないのですが、著者の「虚構を可能な限り排除して事実を記す姿勢」を強く感じる作品です。事実の再現にこだわったHHhHを著したローラン・ビネが目指していたのは、このような作品だったのでしょうか。

それでも、伝えるべきことは、きちんと伝わるのです。長崎でのお忍び上陸の様子や事件後の談話からは、ニコライ個人の育ちの良い青年らしさがうかがえます。松方正義首相や西郷従道内相ら、日本政府高官の発言から浮かび上がってくるのはロシアに対する恐怖心ですが、これは決して被害妄想ではありません。23年後のサラエボ事件は、第一次世界大戦を引き起こしたのですから。

著者は、謀殺未遂罪で無期懲役の判決を受けた津田三蔵が、数か月後に釧路刑務所で肺炎で死亡していたとの記録を知ったことが、本書を執筆したきっかけだったと述べています。確かに盲点でした。自死を目的として絶食を試みたとの記録も残っているようですから、自殺ではなくても体力が衰えた結果なのかもしれません。

犯人を取り押さえて時の英雄となり、ロシアから莫大な年金を得た俥夫たちの末路については、山田風太郎さんも『明治かげろう俥』という短編で小説にしていました。明治小説全集14に収録されています。

この事件の際に引き起こされた恐露心理が、後の日清戦争、三国干渉、日露戦争ポーツマス条約、さらには太平洋戦争にまで影響を与えたとの説もありますが、事実の記述に徹した本書で触れられる性質のものではありません。

2015/2