りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

渦(大島真寿美)

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本書の副題となっている「妹背山婦女庭訓」とは江戸中期の浄瑠璃です。これまで知りませんでしたが、本書yを読みながら調べてみたらブットビました。まるで現代のファンタジーアクションのようなのです。白い牝鹿の血によって超人的な力を有し、盲いた天皇を退けて忠臣を失脚させ、父親を殺して帝位についてやりたい放題のラスボス。こんな巨悪を倒すために、自らの血を差し出す純情な町娘。

 

この浄瑠璃を生み出した近松半二の生涯を描いた本書のテーマは「物語はどこから生まれてくるのか」ということなのでしょう。近松を名乗ってはいますが「心中もの」などで有名な門左衛門との血縁関係などありません。浄瑠璃の竹本座と縁が深かった儒学者・穂積以貫の次男として生まれ、父親の影響で浄瑠璃作家の道に進んだだけの男が、近松門左衛門の硯を貰い受けたという薄い縁で勝手に近松を名乗ったのです。

 

しかし彼の作家人生は順調ではありませんでした。半二は弟弟子に先を越され、人形遣いからは何度も書き直しをさせられるヘボ作家。そんな半二が優れた物語を生み出すきっかけとなったのは、普通の人の心にすら狂おしいほどの心情が渦巻いていると知ったこと。商家に嫁いで立派な母となっている幼馴染の女性が、かつては半二の兄と心中まで思い詰めていたと聞いたことから、「婦女庭訓」のお三輪が生まれました。その一方で「虚実皮膜」の物語を作り出す文筆業は、一歩踏み違えたら虚無の深淵に飲み込まれてしまうという怖さも知るのです。まるで「スターウォーズ」の世界だ。

 

著者もまた、史実を踏まえて人物像を作り出すなかで「虚実皮膜」の危うい細道を渡ってきたわけです。2019年下期の直木賞受賞作品です。

 

2020/12