りぼんの読書ノート

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西のはての年代記Ⅲ パワー(ル=グィン)

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ギフトヴォイスと続いた「西のはての年代記」が、本書で完結。ただ、相当に余韻を残したエンディングですので、続編を期待したいところです。

第3巻の舞台は、中央の都市国家群。主人公の少年ガヴィアは、都市国家エトラの有力氏族のもとで、姉とともに奴隷として仕えています。彼は「ビジョン」という未来を「思い出す」能力を持っているのですが、姉からの強い戒めでその事実を隠し続けています。

温情深い主人のもとで能力を認められ、氏族の教師となるべく育てられているガヴィアには、奴隷であることへの不満はありません。しかし粗暴な次男に姉を殺害される事件が起こり、人に支配されていることの実態に気づかされるに至って、ガヴィアは街を出ます。

逃亡奴隷たちが深い森の中で営んでいる共同体でも人が人を支配する構図は変わりなく、彼の生まれ故郷である原始的な水郷地帯に戻っても、個人の自由を確立することはできず、ガヴィアは伝説の詩人・オレック・カスプロ(前2巻の主人公です)が学問を教えている自由都市ウルディーレを目指すのですが・・。

第1巻では「ギフト」と呼ばれる能力の持ち主が人を支配する北方高地が描かれました。第2巻では武力による占領者が非占領地域の住民を支配する南部の国家が描かれました。第3巻で描かれたのは、中部都市国家群の奴隷制です。

著者は、自由都市ウルディーレを「理想郷」として描きたかったのでしょうか。どうも、そのようには思えません。そこにあるのが現代の民主政体と似たものであるなら、競争による勝者も敗者も生まれるはずであり、「理想郷」とは程遠い世界なのですから。ただ「歴史や物語の力」こそが自由を求める人々の力になると示されていることが、現実の世界にも通じる「救い」であるように思えます。

3巻を通じて現れた「不思議な能力」については、解釈も解明もありませんでした。オレックに「もどし」の能力が引き継がれていたのかどうかも不明でしたね。年とともに目が悪くなってきたことに言及した時に寂しさを見せたあたりが、何か関係があったようですが、もう彼にはどうでもいいことだったのでしょう。

では「不思議な能力」とはいったい何だったのか? 私は「人類が生き延びていく過程で必要とされたものの、すでに当初の目的を失って人を支配するために用いられており、民主化の闘いの過程で消滅していくもの」と理解したのですが、どうでしょう?

2008/10