りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ベイジン(真山仁)

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北京オリンピックは、少数民族問題や食の安全の問題、環境問題などを覆い隠すようにして無事に終了しましたが、オリンピック直前に刊行された本書では、ありえたかもしれない「最悪のシナリオ」が展開されてしまいます。

本書で描かれたのは、中国では「核電」と呼ばれる原子力発電所の建設を巡る問題。電力不足に悩む中国では、今後10数年間で30基の核電を建設して、日本やフランスに並ぶ規模の「原発大国」になろうとしていますが、その内情は恐ろしいもののようです。

保有国ではあるものの自力で原発を建設する技術は持っていない中国は日米欧の企業に設計を依頼しなくてはならないのですが、建設工事は自国企業で行なっています。巨額の予算が動く原発建設に、中国特有の汚職権威主義が絡むとどうなるのか。著者はこのテーマを、北京オリンピック開会式に合わせて華々しく運転開始を義務付けられた、世界最大の原発を舞台にして描きます。

主人公は、技術顧問として日本企業から招かれたエキスパートの田嶋と、党要人の汚職摘発を密命として課せられた、中国共産党中央紀律委員会の鄧学耕。対立と衝突を繰り返した2人ですが、世界最大の原発稼動という課題の前に結束して、地方の党幹部が縁故企業を採用したために起きた、耐震強度不足、規格外の部品、杜撰な工事といったさまざまな難題を解決していく中で、深い理解に到達していきます。

しかし、この2人でもどうにもならなかったのが、運転員の質の問題。発電所内での喫煙、私物持ち込み、備品盗難、サボタージュなどの横行が改善されない状況に「万一の事態」に対する備えができていないと判断した田嶋は事故の予兆を感じて、開会式の当日に送電中止を訴えるのですが、国の威信を重視せざるをえない鄧は、田嶋の拘束を命じて運転続行を強行してしまいます。その結果は・・。

こんな問題は実際には起きていないと思いたいものですが、いかにもありそうなエピソードには心底から恐ろしさを感じてしまいます。中国沿岸部でチェルノブイリ級の原発事故が起きたら、日本や韓国での被害も恐るべきものになるのですから。どちらが良い悪いではなく(汚職や規律の問題はどちらにも「悪」ですが)、日中双方の考え方や発想の違いにも、踏み込んで書かれた本だと思います。

2008/10