りぼんの読書ノート

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見知らぬ場所(ジュンパ・ラヒリ)

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既刊の停電の夜にその名にちなんででは、異郷に暮らすベンガル人家族の抱く微妙な違和感や哀しみが巧みに描かれていましたが、ラヒリさんは進化していますね。ベンガル風のテイストは隠し味のように使われ、親子の絆や、夫婦の愛情の振幅といった普遍的な感情がメインテーマとなりつつあるようです。

もちろん、超絶的に巧みな表現は健在です。たとえば、こんな一文を読むと、その素晴らしさに鳥肌が立つような思いがします。「未熟な家族に亀裂ができた。どこの家も同じだろう。似たように恐ろしいものである。」

第1部では、2世から見た家族関係や男女関係が描かれますが、ごく普通の関係なのにどれも「似たように恐ろしい」面を含んでいます。では、何と「似たように」なのか。それは、それぞれの読者の人生と「似たように」なんですね。そう思わせてしまうのが、ラヒリの素晴らしさであり、怖さです。

「見知らぬ場所」母を亡くしたのち、旅先から絵葉書をよこすようになった父。仄見える父の恋人の姿に、父娘がそれぞれの人生を歩みだすようになっていく切なさを感じます。

「地獄/天国」母が「叔父」に対して密かに寄せていた激しい思いを垣間見てしまった娘は、いっときはとまどいを感じても、何もなかったように振舞い続けるしかないのでしょう。

「今夜の泊まり」夫婦間の愛情だって微妙にすれ違っていきます。あきらめを感じながらも、それでも確かにある愛情。どこにでもありそうな関係なのに、なぜかゾクッとさせられます。

「よいところだけ」アルコールに溺れて道を逸れてゆく弟に対する、姉のやるせない感情は、弟をかばう気持ちとなり夫婦の亀裂へと結びついていきます。鳥肌ものです。

「関係ないこと」ルームメイトの女性が、恋人に浮気されていることを知ってしまった男性。関係ないことに振り回されたのは、彼女に対して淡い恋心を抱いていたからなのでしょう。

第2部は、子ども時代をともにすごし、やがて遠のき、ふたたび巡りあった2人の30年を、3つの短篇に巧みに切り取った連作「ヘーマとカウシク」です。幼なじみの二人が再会して秘密を共有する「一生に一度」。母を失った父が再婚するというカウシクの物語の「年の暮れ」。ローマで偶然に再会して互いに惹かれあうものの、2人に思いもよらない運命が訪れることになる「陸地へ」

いくらでも扇情的に書けるテーマなのに、ラヒリは、静かに知的に語ってくれます。そして自分もかつて味わったことのある何がしかの喪失感を、「似たような」ものとして思い出さざるを得なくなるのです。

2008/10