りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2017/5 恋と夏(ウィリアム・トレヴァー)

ベンガル語も英語も捨てて、新たに学び始めたイタリア語で綴ったという、ジュンパ・ラヒリさんのエッセイの評価には最後まで悩みました。優しい実母からも完璧な継母からも逃げ出して、自分で選んだ恋人と新しい生活をはじめたようなもの。それでも、これまでの完成度の高い作品とは比較にもならない稚拙な掌編には、不思議な魅力を感じるのです。

悩んだ結果今月の1位には、昨年11月に88歳で亡くなったアイルランドの巨匠が、81歳のときに紡ぎあげた最後の長編を選びました。こちらは誰が読んでも完成度の高い作品です。
1.恋と夏(ウィリアム・トレヴァー)
アイルランド出身の短編の巨匠が、81歳のときに紡ぎあげた最後の長編です。孤児院出身で雇い主の後妻となっていた若妻が田舎町を出て行こうとしている青年と出会い、初めて抱いた恋心に舞い上がっていく物語。シンプルなストーリーですが、全てがアイルランドの風景の中に溶け込んでいくようなエンディングが、深い余韻を残してくれます。

2.眩(くらら) 朝井まかて
葛飾北斎の娘であり、偉大な父に「美人画にかけては敵わない」と言わしめたお栄こと葛飾応為の半生を描いた作品です。著者は応為のことを、父親の偉大さに打ちひしがれそうになりつつも、自分だけの光と色を終生追い続けた画家として、見事に描き出してくれました。タイトルは、「眩々するほどの息吹を描きたい」という応為の気持ちからきています。

3.べつの言葉で(ジュンパ・ラヒリ)
この作品の評価には最後まで悩みました。完璧な英語で完成度の高い作品を紡ぎあげてきた著者が、40歳を超えてローマに移住し、ゼロから学び始めたイタリア語で綴ったエッセイなのです。両親の言葉であるベンガル語でも、成長過程で身に着けた英語でもなく、自分の意志で選んだ言葉で書き始めた「不完全ながらみずみずしい」掌篇小説も収録されています。本書は、「ニュー・ラヒリ」の誕生の記録なのです。




2017/5/30