りぼんの読書ノート

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靴ひも(ドメニコ・スタルノーネ)

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人生の半ばで心惹かれたイタリア語で小説を書き、ローマに移住までしたジュンパ・ラヒリに、再び英語と向き合う決心をさせた作品だそうです。このイタリア小説に惚れ込んだラヒリによる英訳は、アメリカで高く評価されているとのこと。語り手も文体も異なる3つの小説からなる本書は、全体として見事なまとまりを見せ、家族関係の難しさを浮かび上がらせる長編小説になっています。

 

「第一の書」は、まだ30代の妻が夫に宛てた9通の手紙。妻と2人の幼い子供を置いて、何の説明もなく家を出ていき、別の若い女性と暮らし始めた夫に対する激しい怒りに満ち満ちています。経済的にも精神的にも追い詰められた妻は自殺を試み、両親の諍いと父親の無関心にさらされた2人の子供の精神状態すら懸念されるほどの危機に陥っているのです。

 

「第二の書」は一転して、老齢に達した夫によるモノローグ。夏のヴァカンスから帰宅した老夫婦は、留守宅が何者かによって荒らされていることを発見します。あらゆるものが散乱し、愛猫も姿を消している部屋で、夫は妻が隠していた別居時代の手紙の束を発見。若い恋人に去られた夫は家族の元に戻り、関係を修復して数十年もともに暮らしてきたのですが、その間ずっと妻を恐れ続けていたことを自覚するのです。若い娘と関係を持ったことについては内省的なことを語っていますが、はっきりいって無責任な言い訳にすぎません。

 

「第三の書」は40代になった2人の娘が兄と交わす投げやりな会話。やはり両親の荒れた関係は、子供たちにトラウマを与えていたようです。兄妹関係もうまくいっていないのは、お互いの中に両親から受け継いだ嫌な点を認めてしまうから。この家族を見ていて辛いのは、「第一の書」の手紙を最後にして、全員が真実の声を隠しあって生きているからなのでしょう。会話によって昇華されない不満は自己憐憫と自己肯定になって凝り固まり、他者への怒りを溜め込んでしまうのでしょうか。ここに至って家を荒らした犯人もわかります。愛猫は無事ですのでご安心あれ。

 

タイトルの「靴ひも」とは、父が息子に独特の結び方を教えていたことが、家族関係が修復されたきっかけになったというエピソードから来ています。しかし本書の中で唯一というる、この心温まるエピソードにすら裏があって互いの記憶が異なっているのですから、やはり家族関係は難しいものです。

 

2020/11