りぼんの読書ノート

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最後の場所で(チャンネ・リー)

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本書の主人公であるフランクリン・ハタは、戦前の日本で在日韓国人として生まれながら、日本人の養子となって育ちました。戦争中は日本人の医務仕官として南方へ従軍しますが、戦後になって渡米。ニューヨーク郊外の小さな町で医療品店を営み、街に溶け込もうとの懸命の努力を重ね続けた結果、70歳を越えた現在は引退して、街の人々から尊敬される老後をおくっています。

本書の原題は『A Gesture Life』。どこにいても「よそ者」感覚から抜け出せず、体裁を繕うことを優先させてきたハタは、アメリカにきてからも、ある未亡人と親密になりながらも結婚までには至ることはなく、養女に貰ったサニーとは最後まで親子の関係を築けないまま、サニーは家を飛び出してしまったという過去を持っています。

しかし、彼にはもっとシリアスな過去がありました。それは、帝国陸軍時代に南方の駐留地に迎えた韓国人慰安婦を愛してしまい、もちろんそんな身勝手な愛が成就することなく、その女性は痛ましい最期を迎えてしまったこと。

読者は、慰安婦・未亡人・養女という3人の女性に対して、ハタが寄せた「愛情」の欺瞞性に気付くはずです。ハタが「成功者」となりながらも、満たされることのない老後をおくっているのは、愛よりも体裁、すなわち自己防衛を優先させてきた「利己的な人生」のせいだと。一方で、多くの読者自身の中にもある「ハタ的な気持ち」にも・・。本書はそんなハタが、「最後の事件」によって救済を得る物語です。

幼いときに家族と米国に移住した韓国生まれの著者は、30歳の時に韓国慰安婦問題を知り、衝撃を受けたそうです。これはまるで、生まれてからずっとホロコーストのことを知らずに育ったユダヤ人のようなものではないか・・と。慰安婦問題を題材に小説を書き始めましたが「自分には問題の深さにたどり着けない」と自覚して、本書の形となったとのこと。いや、十分に深いですよ。

クレストブックスからは、著者の本がもう1冊出ています。ジュンパ・ラヒリらとともに、ニューヨーカー誌によって「21世紀の20人の作家」に選ばれた著者が、どのように変貌していったのか、そちらも読んでみようと思います。

2010/7