りぼんの読書ノート

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鬼龍院花子の生涯(宮尾登美子)

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夏目雅子の「なめたらいかんぜよ!」で有名な作品ですが、未見だったせいで完全に誤解をしていました。夏目雅子が演じたのが鬼龍院花子であり、当然のことに本書の主人公も花子なのだろうと思っていたのです。本書の実質的な主人公は花子の父である土佐の侠客・鬼龍院政五郎(鬼政)であり、夏目雅子が演じたのは本書の語り手である鬼政の養女・松恵でした。

 

大坂の著名な侠客の子分となっていた政五郎が、故郷の高知に戻って一家の看板を掲げたのは大正時代の初期のこと。まだ珍しかった飛行機を飛ばして見せたり、相撲や浪曲の興行を招いたりして地元での人気を高め、警察や政治家とも関係を持って気勢を上げていきます。当時まだ他の組織の傘下にあった神戸の山口組とも対等の関係を築き上げ、表層的ながら労働運動にも肩入れした鬼政一家に、地元の堅気の家に育った松恵が養女として貰われたのは12歳の時のこと。それ以来彼女は、鬼政から自由になるための苦闘を重ねながら、一家の栄枯盛衰を見極めていくことになるのでした。

 

その数年後に鬼政の妾つるが花子を生みます。将来の妾候補としか思われていなかった松恵と対照的に、甘やかされ放題に育てられた花子は、派手好みで自己中心的で自主性のない娘になっていきます。剛毅果断でどぎつい鬼政を陽画(ポジ)とするなら、花子は陰画(ネガ)のようなもの。やがて宿敵の荒磯一家と共倒れとなる死闘の末に鬼政一家が壊滅してしまうと、花子は流転の果てに落剝していくしかありません。しかし既に自由の身になっていた松恵は、花子の死に涙するのです。

 

鬼政にはモデルがいるとのこと。著者はそこに、芸妓紹介業を営んでいた自身の養父・岩伍のイメージを重ね合わせていったのでしょう。鬼政の養女という運命から逃れるために教師の道を選んだ松恵には、もちろん著者自身が投影されています。ちなみに映画で有名な「なめたらいかんぜよ!」でのセリフは、原作にはありませんでした。最後まで松恵との結婚を認めてくれなかった夫の父親のもとから、愛した夫の遺骨を奪い取ってくる場面に書き加えられた言葉だそうです。

 

2021/7