りぼんの読書ノート

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おちび(エドワード・ケアリー)

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プラスティック粘土で精密な街の模型を作り続ける双子姉妹『アルヴァとイルヴァ』の著者ですから、緻密な物語を綴ることはわかっていました。「おちび」ことマダム・タッソーの半生こそは、まさにこの著者にふさわしい題材なのです。しかも著者は、マダム・タッソー蝋人形館で警備員として働いた経験もあるというのですから。

 

マダム・タッソーことマリー・グロショルツの人生は、ドラマティックな出来事に彩られています。89歳になったマリーが自らの半生を回想したという設定で描かれた本書は、それらの出来事の背景に踏み込んだフィクションなのですが、本文中に大量に挿入されているスケッチもマリーが描いたことになっているという念の入ったもの。もちろんこれらは「主人公や登場人物を絵や塑像などで作り上げなければ物語は始まらない」とする著者の手によるものです。

 

マリーの人生に深く寄り添う物語は、彼女の人生の謎を次々に解き明かしていきます。1761年にスイスの小さな村に生まれて両親を失った小さな女の子がなぜ、人体のパーツを蝋で作るクルティウス医師の弟子となったのか。医師とマリーはなぜパリに出てくることになったのか。やり手のピコー未亡人に夢中になった医師は、どのようにして見世物小屋が集まるタンブル通りに蝋人形館を開いたのか。ピコー未亡人にうとまれたマリーがなぜ、ヴェルサイユでルイ16世の妹エリザベート王女に仕えることができたのか。革命後、王党派とみなされて逮捕されたマリーはなぜ釈放されて、ルイ16世、マリー・アントワネット、マラー、ロベスピエールらのデスマスクを作ることになったのか。なぜ彼女はロンドンに渡ったのか。

 

激動の時代を逞しく生き抜いたマリーの心の底に流れていたものは、愛と許しです。師であったクルティウスへの献身的な愛、敵対し続けたピコー未亡人への許し、エリザベート王女への無償の愛、未亡人の息子エドモンへの純粋な愛。そして次々と亡くなっていく者たちへの追悼の念。彼女の物語は朝ドラ向きかもしれませんね。虐げられる場面もふんだんにありますし。

 

2021/3