『FUTON』でデビューし、『小さいおうち』で直木賞を受賞した著者には、SF的な近未来小説など似つかわしくないように思えたのですが、作家の想像力は無限ですね。ジャンルの壁など軽々と飛び越えてしまいました。
「ベンジャミン」
父が飼っていたベンジャミンは、絶滅したはずのフクロオオカミでした。父と仲間の研究者たちによって、採取した遺伝子情報の操作によって復活させられた固体だったのです。しかしその先の物語もあったのです。なぜ主人公の少年は、父にも姉にも似ずに、ずんぐりしたネアンデルタール人のような顔つきや体形をしているのでしょう。
「ふたたび自然に戻るとき」
放射能汚染によって廃棄された都会のビルは、植物が繁茂するスペースになっていました。わずかに残る不法滞在者たちが心を通わせていたのは、なんと知能あるカラスたちだったのです。そしてカラスたちが鳥類たる使命感と慈悲の心をもっておこなう晩餐会とは何を意味しているのでしょう。
「キッドの運命」
21世紀初めにはナショナリズムと覇権主義によって分断されていた地域は、ともに友好国家である東アジア連合(EAU)と中華合衆国(USC)に再編されている時代。不法滞在者が細々と暮らしている汚染地域にやってきた女性の目的は、キッドと呼ばれる少年でした。実はキッドの正体は・・。
「種の名前」
世界のどこからも遠い辺境の村とは、かつて日本だった所のどこかのようです。老婆ばかりの村で暮らす祖母を訪れた少女ミラは、さまざまなものに名前がついていることに驚きます。補助機能ロボットにも、電気製品にも、巨大アグリ企業の監視を逃れて栽培している作物にも。そしてミラは自分の名前が美羅でると知るのでした。
「赤ちゃん泥棒」
望まない妊娠をした妻が堕胎したことで離婚っした夫婦。元夫は元妻の保存卵子を無断で使い、人工子宮移植手術を受けて自分の身体で妊娠しようと試みるのですが・・。
「チョイス」
国家や民族は消滅し、人はライフスタイルの違いだけで分類される時代。大富豪セレブの「P層」や、システム維持管理者の「B層」や、地球を見限った「A層」などがあるけれど、圧倒的大多数の「U層」とは無意味な活動をして生きている者たちです。そこでは、予定年齢までに緩慢な死をもたらすサプリメント「チョイス」が流行しはじめていたのです。要するに人類の大半は不要ということなのですね。
2021/3