りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

壊れた世界の者たちよ(ドン・ウィンズロウ)

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「メキシコ麻薬戦争3部作」を書き上げた著者が次に発表したのは、まさかまさかの中編小説集でした。しかし著者の引き出しの多さをあらためて実感できました。過去の作品の登場人物が姿を見せてくれたのは、意表を突かれました。しかも決してエピローグ的ではなく、まだまだ現役で頑張っているのです。

 

「壊れた世界の者たちよ」

『ダ・フォース』の系列に繋がる警察小説ですが、、舞台はニューオーリンズ。最愛の弟を惨殺された市警麻薬取締班のジミーの心は壊れてしまったのでしょうか。復讐のために犯罪組織を執拗に追い詰めていくのですが・・。そのような私的復讐を許容する風土は、銃社会が生み出したものかもしれません。

 

「犯罪心得一の一」

引退前の最後の仕事に取り組んだ一匹オオカミの宝石泥棒を。サンディエゴ市警の主任刑事ルーが追い詰めていきます。しかし事件現場には宝石泥棒の跡継ぎの座を狙う第3の男が現れ、思いもよらない展開になっていくのでした。スティーブ・マックウィーンに捧げられた作品とのこと。

 

サンディエゴ動物園

動物園のチンパンジーが銃を持って脱走。つかまえようとした巡査は大恥をかきますが、魅力的な飼育員の女性と知り合うことができました。しかも銃の出所を調べた手際が主任刑事のルーに評価されて、念願の刑事になれるかもしれません。珍しくコミカルな作品でした。

 

「サンセット」

伝説のサーファーだった男が落ちぶれた犯罪者に成り下がっています。保釈中に逃亡した男の捜索を、保釈業者のデュークから頼まれたのは『夜明けのパトロール』や『紳士の黙約』に登場したブーンとサーファー仲間たち。しかもデュークの友人として登場したのは既に本書でお馴染みのルー警部に加えて、『ストリート・キッズ』のニック・ケアリー。既に60歳を超えてカリフォルニア大学サンディエゴ校の英文学教授になっていたのです。もちろん妻はカレンです。

 

「パラダイス」

副題に「ベンとチョンとOの幕間的冒険」とあるように、『野蛮なやつら』と『キング・オブ・クール』の主人公たちが登場。ハワイのカウアイ島で地元麻薬組織との闘いに巻き込まれてしまいます。しかもここには『ボビーZの気怠く優雅な人生』のティム・カーニーや『フランキー・マシーンの冬』のフランク・マシアーノというワケありな人々が流れ着いていたのでした。

 

「ラスト・ライド」

国境警備局隊員のキャルは、不法入国者収容施設にいた少女のすがるような目つきが忘れられなくなり、メキシコにいるという母のもとに届けるために少女を連れ出し、愛馬で国境を目指します。もちろん違法ですが、このままでは少女は非合法な存在として、母親と永遠に引き裂かれたまま希望のない人生を歩むことが明確なのです。ウェスタン小説のような作りですが、現代アメリカの移民政策に対する激しい怒りが読み取れる作品です。

 

2021/3