りぼんの読書ノート

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カオス・シチリア物語(ルイジ・ピランデッロ)

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「カオス」とはノーベル文学賞を受賞した著者の故郷である村の名前です。その名の通りに「混沌」とした村を舞台とした短編は、およそ100年前のシチリアの風土と結びついて寓話性の高い作品ばかり。1985年に公開された映画の原作にもなっています。というより、本書はでもあります。

「ミッツァロのカラス」
鈴をつけられたカラスの音に怯えた羊飼いの少年は、その正体を知ってあきれます。カラスに復讐しようと罠で捕えたところまでは良かったのですが、今度はロバが鈴の音に驚いてしまいます。そして、山道で悲劇が・・。

「もうひとりの息子」
14年前にアメリカへ移民したきり音沙汰のない息子たちに手紙を書き続ける老婆には、実はもうひとり優しい息子がいるのです。しかし老婆は、ガリバルディシチリア解放の際に犯されて生れた息子を嫌い続け、彼の気遣いを受け止められません。この貧しい地は2人にとっての地獄なのです。

「月の病」
人里離れてた小屋に住む農民のバタと結婚させられた娘シドーラは、夫が「月の病=狼付き」だとの告白を受けてびっくり仰天。満月の夜、母親と従兄弟に付き添ってもらうことにしたのですが、従兄弟のサロこそ、彼女が愛していた相手だったんですね。2人は夫が苦しむ間に逢引をしようとたくらんだのですが・・。

「甕」
大地主が作らせたオリーブ油を入れる大きな甕が真っ二つに割れてしまいました。地主から修理の注文をつけられた甕直しの名人は、いやいや仕事をしたせいか、直した甕の中に閉じ込められてしまいます。弁償すれば甕を壊して出してやるという強欲な地主を尻目に、小作人たちと宴会を始め、甕の中から盛り上がる様子に怒った地主は自分から甕を壊してしまうんですね。強欲な地主といったら、嫌われ役に決まってます。^^

「レクイエム」
地主が墓地を許可しないと知事に訴え出た村人たちでしたが、地主から見れば村人たちに勝手に住みつかれて困っているとのこと。地主が勝訴して憲兵隊が墓を壊しにかかったときに、村の長老が亡くなったという知らせが届きます。棺の到着に驚いて逃げ帰った憲兵隊でしたが、棺の中にはゆっくりと目を開けて死を待っている長老が横たわっていたのです。

他には、領主から葬儀屋に売られた馬が優しかった領主夫人の棺を運ぶことになる「跳びはねる馬」、悔い改めた誘拐犯が犠牲者を解放せずに世話をし続ける [誘拐] 、貧しい点灯夫が妻と上司の不倫を黙認せざるをえない「いくつかの務め」、農村と都会、農民と貴族に引き裂かれたシチリアの融和への願いを寓話的に描いた「タニーノとタニット」など、全16篇。

著者が活躍した時代は、年齢こそ異なりますがカフカカミュベケットらと重なっており、イタリアの「不条理作家」とも言われるようです。しかし本書を読む限りにおいては、シチリアへの土着性や宗教性や超自然性を強く感じます。それらは「内面的な不条理」というより、統一国家として未成熟なまま近代化を急いだイタリアに特有な「外部的な不条理」とでも言えるものなのかもしれません。

最後に、映画のエピローグともなった「母との対話」を紹介しておきましょう。
ブルボンの専制政治を逃れた父に連れられてマルタへと向かった少女時代や、パレルモに戻って解放の日に父と出会ったことなどを語りかけてくる母の幻に対して、「生きている人たちが悼んでいるのは死後の自分でしかないのではないか」と応える著者。それでも母の幻は優しく言うのです。「ものごとを、それをもう見なくなった人たちの目でも、見るようにしてごらん」と・・。

30年以上前に見たイタリア映画の感動を伝えようとして本書の発刊に至った翻訳者に、まずは敬意を表するものですが、何より、その映画を見てみたいものです。

2013/3