りぼんの読書ノート

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月ノ石(トンマーゾ・ランドルフィ)

1908年にイタリア中南部の小さな町に生まれた著者は、由緒ある貴族の末裔であり、「栄光ある南イタリア貴族の最期の純なる典型」と自称していたとのこと。奇想・幻想・不条理・倒錯・ナンセンスに満ちた作品を得意としており、1937年に綴られた本書は著者の代表作とのことです。

 

大学生で詩人でもある主人公が、一家の郷里にある大きな館ですごしたひと夏の物語。ある晩、山羊の足を持つ美しい娘グルーに出逢いますが、他の人には普通にしか見えない様子。彼女に心惹かれた主人公は、彼女を通じて自然の神秘に触れていくことになります。ある月夜の晩、山の奥深くで開かれていた、大昔に死んだはずの山賊たちが催す魔界の宴に連れられてきた主人公は、さらに不思議な体験をするのです。それは「夜の娘」とも「月の女神」であるとも言われる、神話的な「母たち」との対面だったのですが、はたして彼は現世に戻ってこれるのでしょうか。

 

結局のところ「もののけ姫」の「シシ神」のような存在と対峙して、彼を大地に引き留めてくれたのは、山羊足の美女グルーだったのでしょう。彼女が歌った哀歌は難解ですが、自然と一体化することの二面性、すなわち喜びと哀しみ、平安と狂気、慈悲と残忍、生と死を歌い上げているようです。現代社会の中では生まれないであろう、詩情に満ちた作品です。

 

2023/2