りぼんの読書ノート

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ビラヴド(トニ・モリスン)

奴隷制と人種差別に苛まれてきたアメリカ黒人の深い哀しみを、時にスピリチュアルな伝承を交えて綴ってきた著者が、ノーベル文学賞を受賞した最初の黒人女性となったのは1993年のこと。南北戦争以前のアメリカ南部で、追っ手に囲まれて絶望的になった逃亡奴隷の女性が幼い娘を殺害したという実話に想を得て書かれた本書は著者の代表作であり、1988年にピュリッツァー賞を受賞しています。

 

南北戦争後のオハイオで、元奴隷の母親セサと幼い娘デンヴァーは、怒れる霊による心霊現象が起こる家に住み続けていました。セサはそれが、かつて名前もつけられないまま亡くなり「ビラブド(愛されし者)」とだけ墓碑銘に刻まれた赤ん坊の復讐と信じて、じっと耐え続けていたのです。やがてセサを愛する旧知の男性ポールDによって幽霊は追い払われたものの、代わりにビラブドと名乗る生身の若い女性が現れます。

 

彼女は、生きていればそのくらいの年になっていたはずの赤ん坊の亡霊なのでしょうか。なぜセサは、横暴で絶対的な献身を命じるビラブドの言いなりになってしまうのでしょうか。やがて物語は、セサの過去へと踏み込んでいきます。デンヴァ―も、ビラヴドが自分の姉であると信じて彼女との生活を大事にしようとするのですが、ビラブドの魔力に怯えたポールDが去り、母親の献身が狂気を帯びてくるに従い、ついに行動を起こすのでした。

 

本書の底流には黒人奴隷であることの悲劇が流れ続けているのですが、本書のテーマはより普遍的な問題なのでしょう。過去の痛みと正面から向き合うことは辛くて厳しい作業ですが、それをしない限り、痛みは繰り返し襲ってきます。そしてその痛みは、周囲の人々を巻き込み、次の世代にまで引き継がれてしまうのでしょう。デンヴァ―の訴えで人々が自分自身の痛みと向き合って行動を起こしたことで、蘇った亡霊は消え去ります。しかし1千万人もの黒人奴隷とその子孫たちにとってのビラブドが、全て姿を消すことなどありえません。今なお過去の痛みを引きずり続けているアメリカでは、新たな痛みも生まれ続けているのです。

 

2023/2