りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

開かせていただき光栄です(皆川博子)

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舞台は18世紀半ばのロンドン。ホームズよりも1世紀以上、ディケンズよりも半世紀前の時代、産業革命以前ながら拡張を始めていたロンドンは、矛盾に満ちた世界だったようです。上流貴族と最下層の貧民が同居し、新しい医学と旧い迷信が衝突し、高い犯罪率を取り締まるために最初の専業警察が創設され、軽微な窃盗でも死罪や新大陸への流刑が課せられた時代。

主人公は、解剖学教室を主宰する外科医のダニエルと、彼のもとで医術を学ぶ青年たち。墓堀人から買い取った女性の死体を解剖していたところ、発足したばかりの警察に乗り込まれます。医学に理解ある警察トップは、普段は墓暴きを黙認しているのですが、今回の対象は妊娠6ヶ月で自殺した貴族令嬢というのだから、見過ごせない様子。急いでカラクリ暖炉に隠したのですが、そこには四肢のない少年と、顔を潰された中年男性の遺体も隠されていたのです。

死者の身元を暴き出し、真犯人を探し出すのがメインストーリーですから、当然ミステリです。背景には、当時のバブル崩壊事件があり、さまざまなトリックも駆使されるのですが、本書の面白さは別の所にあるようです。

ひとつは、丁寧に書き込まれた当時の世相。医術の進歩度合だけでなく、印刷技術の発展による新聞の登場や、情報交換や世論形成に役立ったコーヒーハウスの流行や(中国貿易によるティー流行以前!)、監獄の悲惨さなどは、史実に忠実なようです。『マノン・レスコー』は、この時代の小説だったのですね。「解剖ソング」まで作詞するほどに、著者はこの世界に入れ込んでいます。

もうひとつは、著者得意の耽美的な世界。それぞれ個性的な弟子たちは、20歳前後。美青年のエドや、小悪魔的女装家のナイジェルなど、そのまま少女コミックのBL作品の主人公にもなれそうなほど。彼らが出会ったネイサンは、田舎から上京してきた詩人志望の少年。フランス語の小説を翻訳しながら読み聞かせるほどに親しくなった貴族令嬢に憧れるのですが・・。果たして、冒頭の死体は、この2人の変わり果てた姿なのでしょうか。

医師ダニエルのモデルは、実在した解剖医のジョン・ハンターとのこと。伝記も出版されているようです。本書の続編アルモニカ・ディアボリカ 』と並んで、気になります。

2016/1