りぼんの読書ノート

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スフィンクス(堀田善衞)

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著者にしては珍しい国際謀略小説ですが、アジア・アフリカ諸国の連帯を望んだ著者の思想も反映されている作品です。

 

アルジェリア戦争終結に導くエヴィアン協定の協議が行われている最中の1962年2月、ユネスコ職員としてカイロに駐在している菊池節子は、ヨーロッパへの出張を命じられます。アスワン・ハイ・ダムによって水没するヌビア遺跡救済事業に各国からの寄付を求める使節団に随行することになったのです。その際に、親しくしていたアルジェリア臨時政府の出張所に勤める友人からパリの知人への手紙を託されたことをきっかけにして、彼女は国際的な謀略に巻き込まれていくのです。

 

フランスとアルジェリアのどちらにもエヴィアン協議を快く思わないグループがあり、反乱やテロや暗殺も起きていた時代。フランス、スペイン、イタリア、ドイツを歴訪する節子は、行く先々で手紙を託され、ついにはボンで銃撃事件に遭遇してしまうのでした。彼女の行動がある組織の通信係と誤解されたのは仕方ありませんが、、なぜ知人たちは彼女に秘密を託したのでしょう。そして彼女はただ利用されただけだったのでしょうか。

 

著者はカイロ滞在中にコンゴのジャーナリストから、日本に投下された原爆がコンゴ産のウランであったことを謝罪されたことがあるそうです。また休戦交渉において、サハラ砂漠での原爆実験継続をフランスが要求したことについて、アルジェリア側では大きな論争があり、著者も意見を求められたことがあったとのこと。著者はそこに日本とアフリカ諸国との連携の可能性を見出したのでしょう。日本の未来を担っていく若い女性が本書の主人公に据えられたのは、必然だったわけです。

 

同時に著者は、戦時中は日本軍の、戦後はアフリカに渡ってブローカー的な役割を果たしていた奥田八作という中年男性を配することで、当時はまだ世界各地で引きずられていた第二次世界大戦の残滓を強調しています。まさかこの2人の間にロマンスが生まれるとは想像を絶していたのですが、思えば本書執筆中の著者は奥田と同年代の40代半ばです。中年の作家が、自身の恋愛願望を作中の中年男性に託すことはよくあるのですが・・。

 

2020/12