りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

聖母の贈り物(ウィリアム・トレヴァー)

イメージ 1

クレストブックスの密会が素晴らしかったので、本書も手に取ったのですが、やはり期待は裏切られませんでした。普通ならば著者の底意地悪さが出るような、人間の愚かな振る舞いを冷静に観察した記述は、決して冷酷ではないのです。短い文章の中でここまで感じさせるのですから、まさに珠玉。訳文もいいですね。

「トリッジ」
パブリック・スクール時代に笑いものにされていたトリッジに再会した男たちは、思わぬ形で過去からの報復を受けてしまいます。変わったのはトリッジなのか、それとも彼らの過去の記憶が間違っていたのでしょうか。

「こわれた家庭」
独り暮らしの老婦人が、更正施設の少年たちのボランティア作業を受け入れますが、家をめちゃめちゃにされてしまいます。不条理なんですけど、異常なのは若者たち?

「イエスタデイの恋人たち」
金銭的な理由から破局した不倫関係を、当時流行っていたビートルズの音楽とともに懐かしく思い出す中年男性。束の間だけヒーローであったロマンスは、彼にとっては美しい思い出になっているのでしょうか。

「ミス・エルヴィラ・トレムレット、享年十八歳」
若死にした女性の亡霊を友人としているうちに、少年は正気を失っていきました。でもこの話は、感化院に送られた語り手の話をもとに他人が創作したものなのです。

アイルランド便り」
アイルランドの名家に雇われたイギリス人の女家庭教師の日記を盗み読む地元の執事。感受性豊かな女性によって綴られた飢饉は、しょせん余所者の視点でしかありません。

エルサレムに死す」
兄の強い勧めで聖地エルサレムへの旅に出ることになった男が旅先で失ったものは? アイルランドの男性はマザコンが多いのでしょうか?

マティルダイングランド(テニスコート、サマーハウス、客間)」
3部構成の中篇です。第一次大戦によって没落した貴族の使用人の家に生まれた少女は、第二次大戦で父と兄を失ったことを自分の信仰心の不足のせいと思い、母の再婚相手を嫌うのですが、やがて館を買収した新興成金の息子に嫁ぎます。そして30年後・・。かつての少女の揺ぎ無い意思が妄執と化すのを見る読者は、感情のやり場に困るはず。本書の中での最高傑作でしょう。

「丘を耕す独り身の男たち」
父の死で農場を継ぐ息子の物語。アイルランドでも農家の跡取りは嫁不足なんですね。淡々と農地を耕す男の姿が、仕舞いには崇高に見えてきます。

「聖母の贈り物」
みたびマリアの啓示を受けてアイルランドを彷徨し続けた男が、最後に得たものとは? ここに描かれるのは揺ぎ無い信仰心ではありません。聖母の指図は不条理な要求であり、それに従うことは生涯を無駄にするようなものとしか思えないのですが・・。

「雨上がり」
傷心の女性が旅先のイタリアで「受胎告知」の絵と出会い、思いをめぐらせます。すっきりした透明な美しさを感じる物語。この作品をラストに置くあたりも心憎い。

ジョイス、オコナー、ツルゲーネフチェーホフに連なる現代最高の短篇作家」と称されるのも頷けます。もっと読みたくなる作家です。でも一気読みは避けましょう。

2011/3