クレストブックスの『密会』が素晴らしかったので、本書も手に取ったのですが、やはり期待は裏切られませんでした。普通ならば著者の底意地悪さが出るような、人間の愚かな振る舞いを冷静に観察した記述は、決して冷酷ではないのです。短い文章の中でここまで感じさせるのですから、まさに珠玉。訳文もいいですね。
「トリッジ」
パブリック・スクール時代に笑いものにされていたトリッジに再会した男たちは、思わぬ形で過去からの報復を受けてしまいます。変わったのはトリッジなのか、それとも彼らの過去の記憶が間違っていたのでしょうか。
パブリック・スクール時代に笑いものにされていたトリッジに再会した男たちは、思わぬ形で過去からの報復を受けてしまいます。変わったのはトリッジなのか、それとも彼らの過去の記憶が間違っていたのでしょうか。
「こわれた家庭」
独り暮らしの老婦人が、更正施設の少年たちのボランティア作業を受け入れますが、家をめちゃめちゃにされてしまいます。不条理なんですけど、異常なのは若者たち?
独り暮らしの老婦人が、更正施設の少年たちのボランティア作業を受け入れますが、家をめちゃめちゃにされてしまいます。不条理なんですけど、異常なのは若者たち?
「イエスタデイの恋人たち」
金銭的な理由から破局した不倫関係を、当時流行っていたビートルズの音楽とともに懐かしく思い出す中年男性。束の間だけヒーローであったロマンスは、彼にとっては美しい思い出になっているのでしょうか。
金銭的な理由から破局した不倫関係を、当時流行っていたビートルズの音楽とともに懐かしく思い出す中年男性。束の間だけヒーローであったロマンスは、彼にとっては美しい思い出になっているのでしょうか。
「ミス・エルヴィラ・トレムレット、享年十八歳」
若死にした女性の亡霊を友人としているうちに、少年は正気を失っていきました。でもこの話は、感化院に送られた語り手の話をもとに他人が創作したものなのです。
若死にした女性の亡霊を友人としているうちに、少年は正気を失っていきました。でもこの話は、感化院に送られた語り手の話をもとに他人が創作したものなのです。
「マティルダのイングランド(テニスコート、サマーハウス、客間)」
3部構成の中篇です。第一次大戦によって没落した貴族の使用人の家に生まれた少女は、第二次大戦で父と兄を失ったことを自分の信仰心の不足のせいと思い、母の再婚相手を嫌うのですが、やがて館を買収した新興成金の息子に嫁ぎます。そして30年後・・。かつての少女の揺ぎ無い意思が妄執と化すのを見る読者は、感情のやり場に困るはず。本書の中での最高傑作でしょう。
3部構成の中篇です。第一次大戦によって没落した貴族の使用人の家に生まれた少女は、第二次大戦で父と兄を失ったことを自分の信仰心の不足のせいと思い、母の再婚相手を嫌うのですが、やがて館を買収した新興成金の息子に嫁ぎます。そして30年後・・。かつての少女の揺ぎ無い意思が妄執と化すのを見る読者は、感情のやり場に困るはず。本書の中での最高傑作でしょう。
「聖母の贈り物」
みたびマリアの啓示を受けてアイルランドを彷徨し続けた男が、最後に得たものとは? ここに描かれるのは揺ぎ無い信仰心ではありません。聖母の指図は不条理な要求であり、それに従うことは生涯を無駄にするようなものとしか思えないのですが・・。
みたびマリアの啓示を受けてアイルランドを彷徨し続けた男が、最後に得たものとは? ここに描かれるのは揺ぎ無い信仰心ではありません。聖母の指図は不条理な要求であり、それに従うことは生涯を無駄にするようなものとしか思えないのですが・・。
「雨上がり」
傷心の女性が旅先のイタリアで「受胎告知」の絵と出会い、思いをめぐらせます。すっきりした透明な美しさを感じる物語。この作品をラストに置くあたりも心憎い。
傷心の女性が旅先のイタリアで「受胎告知」の絵と出会い、思いをめぐらせます。すっきりした透明な美しさを感じる物語。この作品をラストに置くあたりも心憎い。
2011/3