りぼんの読書ノート

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天使の記憶(ナンシー・ヒューストン)

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1957年のパリ。フルート奏者ラファエルは、家政婦として雇ったドイツ人娘サフィーに一目ぼれして結婚。全てに無関心で感情を持たない人形のようだったサフィーは、プロポーズにも軽く頷いただけで、息子エミールが生まれた後も、彼女の様子は何も変わりませんでした。

そんなサフィーが、楽器修理職人のアンドラーシュとであった瞬間に、激しい恋に落ちてしまいます。エミールを散歩に連れ出して、毎日のように密会にふける2人。何も知らず、妻が生き生きとしはじめたことに喜び、世界的な演奏者として名声を高めるラファエルでしたが、やがて妻の不倫に気づく日がきます。

こう書くと典型的な三角関係の物語のようですが、これは「民族や国家の歴史」という、大きなものに絡めとられてしまった男女の物語なのです。

サフィーが感情を失ったのは、戦争で両親を失ったから。製薬会社の研究者だった父は、ユダヤ人女性への人体実験に協力していたナチの協力者であり、ロシア兵に陵辱された母親は、絶望のあまり自殺に追いやられていました。アンドラーシュは、ブダペストからパリに、ハンガリー動乱を逃れてきた亡命ユダヤ人。共産主義者であり、現在進行形でフランス全土に広がっているアルジェリア独立運動のシンパです。

2人の不倫は、こういった背景と切り離しては存在しえません。というよりも、この2人は、ヨーロッパの受難の象徴であるかのようです。恋によって燃え上がった心が、それまで隠されていた互いの本当の姿を現していきます。起こるべくして起こってしまった悲劇と、さりげないエンディングが印象的な一冊です。この種の本にしては、訳文もテンポよくて、読みやすかったですよ。

2008/4