りぼんの読書ノート

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ベーコン(井上荒野)

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「食べ物」をタイトルとして、性愛に関する出来事を描いた短編集です。記憶の底に深く眠っていた出来事を、その時に流れていた「音楽」をキーにして鮮やかに思い出すことがありますが、その傍らにあった「食べ物」も記憶のキーとなるんですね。言われてみれば、音楽やリズムが心情に深く訴えかけるものであるのに対して、「食べること」は生命の根源にかかわる営みであるだけに、よりエロティックで生々しく感じられるものなのかもしれません。

 

不倫相手との関係の中に登場する「ほうとう」や「キーマカレー」。ふとした心の迷いとともにあった「ミートパイ」や「アイリッシュ・シチュー」。両親の不和や離婚や再婚と関わる「カツサンド」や「水餃子」や「ベーコン」。さらには、長年つきあった男の死と嘘の象徴となった「煮こごり」や、初体験の象徴となった「目玉焼きトースト」まで、どれも印象にのこる作品でした。

 

とはいえ、「食べ物」という五感に訴えるものを、「文章」という間接的な手法のみで描くというのは、相当の感性と描写力が必要とされる技。そもそも、どうしてその「食べ物」がそのシチュエーションにふさわしいのか、それを選び出すセンスも抜群です。さすがに直木賞の候補策となった著者の感覚は素晴らしい。

 

2008/1