1970年前後のアイルランドの田舎町で、教師であった夫モーリスを突然亡くした46歳の主婦ノーラが、人生を立て直していく過程を丹念に描いた作品です。
特に大きな事件が起こるわけではありません。結婚前の職場に事務員として復職し、そこで出世していたかつての同僚からのイジメに敢然と立ち向かうこと。組合活動への共鳴。決意を新たにするために髪を染めたものの、その出来栄えに悩むこと。学校で差別を受けた長男への待遇改善を訴えかけること。音楽に惹かれ、一大決心をしてステレオを買うこと。そして歌の才能を認められて、聖歌隊に加わること。これらの行動を起こす際に、たっぷりと内省と葛藤を繰り返すノーラは、生きづらい性格なのかもしれません。
もちろん最大の関心事は子供たちのこと。教師となった長女は手がかからなくなった反面、次第に心が通じ合わなくなっていきそうです。進学して、当時激化した北アイルランド紛争の支援デモに加わっている次女のことは心配でたまりません。父親の死後に吃音がはじまった内向的な中学生の長男は、寄宿学校に入れたほうが良いのかどうか悩ましいところ。まだ手がかかる年頃の次男を放置気味にしていることには、心が痛むのです。子供というものは、母親の愛情の深さには気づかないものなのですね。
物語は、ノーラが聖歌隊に加わることを決意したところで終わります。ささやかなできごとですが、それは彼女が自立に至ったことを象徴しているのでしょう。その瞬間に、苦悩を越えた歓喜の音楽が聞こえたような気がしたのは、気のせいですけれど。ノーラのモデルは著者の母親であり、内向的な長男のドイルには著者の性格が反映されているとのこと。本書は、「遅ればせながら息子が母親に捧げた、共感を示す贈り物」なのです。
2018/5