りぼんの読書ノート

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果樹園の守り手(コーマック・マッカーシー)

映画化もされた『すべての美しい馬』に始まる「国境3部作」や、近年のディストピア小説で名高い著者が、32歳の時に執筆したデビュー作です。アメリカ西部やメキシコを舞台とする作品が多い印象がありますが、本書の舞台は著者の故郷であるテネシー州東南部の山地です。

 

1930年代半ばを舞台とする本書は、主な視点人物となる3人を主人公とする作品のようです。ジョン・ラトナーという少年が、酒の密売や密猟を行う不良青年シルダ―と、山中で孤独に暮らす老人オウィンビーと出会って成長していく物語というのが基本骨格。しかしその一方では、最後には逮捕されてしまうシルダ―の視点からは反抗の物語でもあり、ニューデールを象徴する金属タンクに銃弾を撃ち込んで精神病院に入れられてしまうオウィンビーの視点からは保守的精神の物語とも読めるのです。

 

もっとも反乱と保守については、ここが旧い掟を重視するスコッツ・アイリッシュ移民の末裔が暮らす地域であり、彼らが独自に醸造していたウィスキーに重税を課せられたせいで暴動を起こした歴史を持ち、ニューデール政策の恩恵を受けることもなかったとの背景を知っておく必要もありそうです。

 

この3人には因縁もありました。7年前に正当防衛とはいえジョンの父親を殺害したのがシルダ―であり、放置された死体を葬ったのがオウィンビーだったのです。とはいえこの出来事は読者にしか知らされず、最後までで3人の間で共有されることもありません。多くの象徴や比喩を用いながら明確な物語性もメッセージ性も否定する著者が向かった先が、混沌とした西部国境地域であったのは、必然だったのでしょう。ひとりになった若きジョンも西部を目指したのかもしれません。

 

2023/4