りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

灰の劇場(恩田陸)

1994年に新聞で読んだ、2人の女性の飛び降り自殺の記事に、まだ会社員を兼業していた著者は衝撃を受けたそうです。それから四半世紀が過ぎ、この記事をもとにして小説を書いてみようと決意した著者は、自分の興味がどこにあったのか、あらためて悩んだようです。「事件そのものより、なぜこの小さな記事に引っかかり、自分の中で残り続けたのか。テーマはそっちだった」と気付いたことで、この奇妙な小説が生まれました。

 

物語は、3層の時間が同時並行で進んでいきます。「1」では後に飛び降り自殺を遂げる2人の女性の物語が、「0」ではその執筆に取り組む「私」の日常生活が、そして「(1)」ではその物語を書き上げた後の「私」がその作品の舞台化に立ち会う物語が綴られるのです。

 

本書はカポーティの『冷血』とも、高村薫の『冷血』とも、コーンウェルの『切り裂きジャック』とも異なるテイストの作品です。著者の目的は、2人の女性が自殺に至った原因を突き止めることでも、その理由を創作することでもないのです。彼女たちが抱く漠然とした不安。執筆中の「私」による自分自身への問いかけ。舞台役者によって2人の女性が顔を持つことに対する違和感。そういったものがシンクロして、読者は不思議な世界にいざなわれていきます。本書を書き終えて「虚実はわからない、ということがわかった」と話す著者は、新境地を開いたのかもしれません。

 

2022/6