りぼんの読書ノート

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ミノタウロス(佐藤亜紀)

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人間を、人間としているものは、いったい何なのか。20世紀初頭のウクライナを襲ったロシア革命前後の混乱と戦乱の中で、人間以外のものに成り果ててしまった少年たちの物語。

一夜にして地主に成り上がった男の息子として生まれたヴァシリは、農奴身分から解放されていたとはいえ圧倒的に貧しい農民たちに囲まれて育ちます。「人間を鋳抜く金型」にはまることを軽蔑してニヒリストとなり、人間を人間とするなにものかを学ぶ機会を失ってしまったようです。

父の死後、革命によって家も土地も失い、ウクライナの大地をうろつく中で、撤退するオーストリア軍からはぐれたドイツ人少年兵のウルリヒと出会ったことが、彼を狂気に駆り立てていくきっかけになってしまいました。偶然手に入れた「機銃付き馬車」を乗り回して、蛮行を繰り返す中で、人間性は失われていく・・。

それは、ヴァシリやウルリヒだけではありません。コサックたちは赤軍と白軍の間を行き来しながら、残虐な戦闘を繰り返し、農民たちは、軍隊からは収奪されても、敗残兵には容赦なく収奪し返す。同じ時代、ドン川流域で、家族ですら敵味方に別れて戦い破滅していったコサックたちを描いた『静かなるドン(ショーロホフ)』を思い出しましたが、信じるものを失っても仲間や村を拠り所とできたコサックたちの物語は、まだ救いがあったように記憶しています。

全ての秩序が崩壊する中で、最後まで救いのない暴力に満ちた物語を、簡潔で力強い文体で描ききった本書は、読者を興奮させてはくれません。むしろ荒涼としたドニエプルの風景のように、読者の心を凍りつかせます。日本でこんな作品を書けるのは、佐藤さんだけかもしれません。

2007/9