りぼんの読書ノート

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弥勒(篠田節子)

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近作インドクリスタルでインドの闇を描いた著者ですが、以前にもゴサインタンでネパール、転生チベットを舞台にした作品を描いています。本書の舞台は架空の国であるパスキムですが、イメージされているのは明らかにブータンです。

独自の仏教美術に彩られた美しい王国であり、最近では「幸福の国」と言われることもあるブータン(パスキム)に、カンボジアポル・ポトや中国の文化大革命のような政変が起きたという設定の物語。

かねてからパスキムの仏教美術に惹かれていた新聞社の文化部社員・永岡は、政変で国交を断絶したパスキムに単身で潜入を試みます。開明的だった国王の政治を不平等として切り捨て、仏教徒を搾取者として否定し、山岳地の少数民族や下層カースト民に平等を与えるとして始まった「革命」とは、何だったのか。革命軍に捕えられた永岡は、想像を絶する苦境を体験することになるのでした。

彼がまず目にしたのは、僧侶たちや少女売春婦たちの虐殺でした。外国人であるという特権を奪われ、放り込まれた村で強制労働に従事しながら、配給される粗末な食事に甘んじるのは、まだ序の口。村の女性と集団結婚をさせられて、少年兵に見張られる生活には、次第に慣れてきたものの、知識人や医師を排斥した村はやがて凶作と疫病に襲われて、生き地獄状態になっていくのです。

本書のテーマは、「弥勒」というタイトルが示す通り、「救済」なのでしょう。救いを求めて地獄を現出させてしまう人間は、確かに愚かな存在なのですが、そう言い切ってしまってよいものなのか。資本主義的な格差社会を肯定してしまってよいものなのか。20年近く前に著された作品ですが、まだ越えられていない課題なのです。

2016/6